化物語

□『ひたぎクラブ』
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五月八日。


ゴールデンウィーク明け初日。


およそ一週間ぶりとなる登校日。


九日間という長期休暇にしては短く、ただの連休にしては少し長い、ゴールデンウィーク中でも数年に一度しかないまとまった休日。


友人と遊びに出かけた人。家族と旅行に行った人。はたまた僕達と同じ受験生の人は、毎日勉強に勤しんでいた人だっているはずだ。


勿論、長い休日の使い方なんて各々の自由。僕が何をとやかく言う権利などない。というか、言う気も毛頭ない。


何にせよ、この九日間、それぞれがそれぞれの楽しみ方で充実した休みとなったことだろう。


かくいう僕は、特に何をしたわけでもなく、いつものように適度に勉強して、いつものようにテレビを見て、いつものように買い物に出かけたりする、なんとも普遍的な生活を送っていた。


……あ、普遍的、と言ったが、それは少しばかり違っていた。


ゴールデンウィーク。


悪夢のような、黄金週間。


そんな本来比喩表現のはずが、現実に起こってしまったような、まさに悪夢のよう非日常から何とか無事に回帰し、平凡で普遍的な日常に戻って来れたことを噛み締めていたわけだけど――日常は日常でよろしくないことも起きるようだった。


きっかけはこれまた普遍的なこと。まさかこのゴールデンウィーク明け初日に、目覚まし時計の電池が切れるなんて事があるとは誰が予想しただろうか。


遅刻ギリギリに登校してきた僕と、同じ理由で僕と一緒に走っている、幼馴染の阿良々木暦。


暦を急かしつつ、僕は体育会系よろしく学校の階段を駆け上がっていた。


踊り場に到着し、暦の到着を待ちながら、ふと、上空を見上げた。その時、僕は自らの目を疑った。


空から、女の子が降ってきたのだ。


勿論、男子高校生の欲望から生み出された幻想や白昼夢のようなものではない。


紛れもなく、事実。


人が落ちてくるなんて現実味の欠けた光景に、数秒呆然としていた僕だったが、はっと我に返り、少女を受け止める体勢をとる。


避けるよりは正しい判断だったと思う。


いや、むしろ間違っていたのかもしれない。


受け止めた少女の――クラスメイトの戦場ヶ原ひたぎさんの身体が、とんでもなく軽かったからだ。


冗談でも、戯言でも、言葉遊びでもなく。


彼女の身体は、羽のように軽かった。


受け止めたときに、一切の反動を感じなかった。


それは、ありえないことだ。


非現実的なことだ。


高校三年生の女子の平均体重といえば、およそ五〇キロの筈。それを、反動なく受けとめるなんて事は不可能だ。


つまり、


彼女――戦場ヶ原ひたぎには、およそ体重と呼べるものが存在していなかった。


「なあ、八雲」


「……うん」


僕の手から降り、今度はしっかりと足元に注意しながら階段を上っていく戦場ヶ原さんを見つつ、暦の呼びかけに応える。


戦場ヶ原さん。戦場ヶ原ひたぎさんは――


――何かが、おかしい。
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