戴き物のSS

□雪の夜に寿ぐ
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だから、世界のなにものにも存在を知らされぬようにかくまわれ、育ったこの村に彼は帰ってきた。そしてまた、誰にも知られぬように、ひっそりと一人生きていく。

寂しくはないの?

亜麻色の髪を揺らして、おてんば姫が尋ねた言葉には、彼は答えなかった。どう答えても、嘘になるような気がして。

村に居たときも、仲間たちと旅をしていた時も、寂しいときはあった。寂しいと感じる感情は彼自身のもので、回りに誰かがいようがいまいが関係なく彼をさいなむのだ。
天界にいても、人間界にいても、彼は自身を異端だと思うだろうし、実際に異端である事実はどうにもならない。
この寂しさを理解してくれる唯一の存在は失われた。彼自身の罪によって。
あったことをなかったことにしてくれる、世界の秩序をねじ曲げる世界樹の花でさえ、彼女が生き返ることは認めなかった。
今一人のエルフは、世界を滅びから救うために必要でも、勇者が愛したエルフの死なくして、世界を救うことができないからだ。
彼女が命を賭して守った命だから、彼は自身の命を守らねばならない。それが彼女の唯一の願い。最後の願いだと知っているから。

「初雪が降ったよ」

いたずらをすると閉じ込められた、狭い地下の物置小屋。そこに祭壇をもうけて、彼なりに飾った。
祭壇には彼がこしらえた木箱があって、そのなかには古びた羽飾りがしまってある。

「しばらく留守にするけど、雪掻きには来るから」

山の麓の老人を、冬の間一人にはしておけない。放っておけと、老人は言ったけれど。最後にはいつも「好きにしろ」と、横を向くのだ。少し嬉しそうだ。この頃はこの老人の機微がわかるような気がしている。

「じゃあね。シンシア」

愛しげに木箱の表面を撫でた。美しい娘の姿の彫刻を。
最低限の荷をもって、彼は作りかけの我が家を後にする。
地上は雪。切り開いた土地は未だ僅かで、村と呼ぶには狭すぎる。村の入り口だって、あってなきがごとしだ。

「一先ず獣避けの柵でも作らないとな…」

すっかり独り言が増えたと自覚してはいものの、独り言でも喋っていないと言葉というものを忘れてしまいそうだ。
苦笑しながら白い息を吐いた青年は、一瞬息を止めて、ぱちくりと瞬きをした。
ついに幻覚まで見るようになったかと、目を擦る。

「そんなに目を擦っては、目が悪くなりますよ」
「ははは、鳩が豆鉄砲食らったような顔をしておる」
「うう〜! 寒っ!」
「そんなお腹が出た格好しているからよ」
「だからって、あんたみたいに色気のない格好出来ないわよ。よく恥ずかしくないわね?」
「なんですって!?」

口髭蓄を蓄えた凛々しい壮年の戦士。優しげな面立ちの神官戦士。彼女の性格さながらに跳ねっ返る亜麻色の髪をした姫様と言い合いを始めた破廉恥な格好の踊り子。そこに割って入る占い師。

「なん、で?」

「はっ! 愚問じゃな」
「誕生日を一人で過ごすなんて、よくありません」

恰幅の良い商人と鷲鼻の老魔術師が、手にした大きな袋を青年に押し付けてくる。

「ちょっとお、8人は無理だわよ」

青年を押し退けて、地下を覗いたマーニャが眉をそびやかす。寒いの嫌だわ、と呟く彼女の肩に毛皮のマントを羽織らせて、「今さら夜営が嫌だなんていわないだろう?」とライアンが笑う。
その間にもてきぱきとテントが組まれ、簡易竈に火が入る。予め用意していたのだろう。ミネアが竈に鍋をかけ、食欲をそそる臭いがたつ頃には、焚き火を囲んだ全員の手に酒を満たした杯が行き渡っている。
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