戴き物のSS

□雪の夜に寿ぐ
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雪の夜に寿ぐ


世の中のことは、この村までは届かない。
子供の頃を過ごし、終の棲家と決めた、この山の中の小さな小さな村。自分以外に子供もいない、村人はこんな辺境に何故? と首をかしげたくなるような各方面の熟練者達ばかり。
今ならば知っている。この村が勇者をかくまうためにだけ存在していたことを。
魔王を倒し、勇者として竜の神に認められた今、この村はきちんとその役割を果たしたと、胸を張っていいのだと報告できる。

「今日は聖誕祭なんだって」

2年の間にすっかり森に侵食され、 僅かに残る石造りの建物が、彼が十数年を過ごした家だなんて、彼にしかわからない。魔物に襲われたあの日、建物は破壊され燃えてしまったけれど、地下だけは無傷で残った。
その地下に彼は粗末な家財道具を運び込み、ここを拠点に破壊された村の再建を始めた。
力仕事には自信があるし、材料となる木々には事欠かない。たまに旅の中間が様子見がてら手伝いに来てくれた。いつになるかわからないが、彼はここに、彼の記憶にあるままのあの懐かしい故郷を作り上げるつもりだ。


そんなことをしても、死んだものが還ってくるわけではありませんよ。

「わかってるよ」

優しい顔で厳しいことを言う神官戦士。彼の言うことはいつも正しい。

過去だけで生きていくには、君はまだ若すぎる。どうだろう? 君さえよければ私と一緒に来ないか。共にバトラントを支えてほしい
「悪いけど、王宮とか堅苦しいのは苦手なんだ」

冗談ひとつ言わない王宮戦士。厳しいけれど優しい男だった。父親の姿をあの背中に見たのは一度だけではない。

一緒に来ないか、といってくれたのは王宮戦士だけではなかった。太鼓腹の商人も、踊り子と占い師の姉妹も、わがままなお姫様も、しかめつらしい魔法使いも真面目な神官戦士も。皆が皆、一人でいるなと、一緒に来いといってくれた。
けれど青年は、一度として首をたてにはふらなかった。

「悪いけど、俺の故郷はここだから」

皆が故郷に帰るように、自分も故郷に帰るだけだ。

「それに、人気者の勇者様が、ひとつの国にとどまるなんて、他の国にやっかまれるだろ?」

冗談目かして言ったけれど、真理だ。
神も、魔王も、退けた人外の身。
他国にあれば排除するか、味方に引き入れるべく策略を巡らせ、自国にあるならば傍に置いて監視し、もし他国に寝返りそうならば脅威になる前に排除する。内外にそうと知られぬように。
強すぎる力は、あるのかないのかわからないのが一番なのだ。各国の王は、勇者を手に入れたならそうと知られぬように闇に葬るだろう。
勇者でなければ倒せぬものは、もう勇者が倒したのだから、人の手に追えぬ力など、ないに越したことはない。
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