戴き物のSS
□プレゼント
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プレゼント 後編
クリフトやブライに何も言わず出てきた事が、少し後ろめたい。
勇者には明日の探索には加わらなくてよいと了解を得たが、それは勝手にパーティを離れてよいという意味ではない。
「ほんとによかったのかな…?」
アリーナとミネアは不安げに顔を見合わせたが、二人を有無を言わせず連れ出したマーニャは気楽そうに手を振った。
「だーいじょうぶよ。あの辺りは魔物も雑魚いし、あたしたちが居なくてもなんてことないわ。探索メンバーからは外れるって言ってあるんだし」
「でも、姉さん」
「あのね、ミネア。あいつは選ばれた勇者かも知んないけど、あたしたちの旦那でも父親でもないのよ? あたしたちの行動を束縛したり、あれこれ命令される謂れなんかないんだから」
片手を腰にあて、人差し指を振りながら言うマーニャの言い分は間違ってはいない。いないのだが、ミネアは納得しきれないと、頷くでもなく「うーん」と唸った。
「そ・れ・に」
妹を納得させるのが骨だと考えたのか、マーニャの人差し指はアリーナを向いた。
「クリフトに内緒でクリスマスプレゼントを用意するんでしょ?」
誰もクリフトにプレゼントをあげるなんて言っていないと、アリーナは赤くなった顔で反論しようとしたが、なんでもお見通しよと鼻で笑われ反論を飲み込んだ。
「だったらあのまま一緒になんていられないじゃない」
「うー。うん」
「でしょでしょ」
賛成を得て、マーニャの顔に満足そうな笑みが広がる。
「で、何を贈るの?」
作るにせよ、買うにせよ、早い方がいい。
世界最大の都市エンドールには、ありとあらゆる物が揃っている。夜だといって、すべての店が戸板を下ろしてしまうわけではないが、良いものから先に売れてしまうのはどこも同じだ。
アリーナは少し考えて、彼女にしては珍しく、すがる視線をミネアに向けた。
「マフラーにしようと思う。少し前に無くして、寒そうだから。それでね、出来れば自分で作りたいの。ミネア、教えてくれる?」
マーニャは面白そうに、ミネアは穏やかに笑って、勿論です、と頷いた。
「棒編みは時間がかかりますし、今回は指編みにしましょう」
というミネアに言われるままに、アリーナはマーニャに連れられて行ったちょっと派手目な店でそれなりに値の張る毛糸玉をふたつ買い、カジノと酒場を経営する大きなホテルに部屋をとって、ミネアに習ってひたすら毛糸を編んだ。
「下手でも間違えてもなんとか形になるのが指編みのいいところです」
ベットに並んで腰掛け、アリーナに教える片手間に自分も指編みのマフラーをこさえながら、ミネアは結構失礼なことを言う。手元に必死で、アリーナはその失言には気付かなかったが。
「気持ちがこもっていればいいんです。大丈夫。アリーナさんの贈るものなら、クリフトさんは絶対に喜んでくれますよ」
にこりと笑う。水晶玉を覗かなくても、ミネアにはその様子が視えているのだろうか。ミネアの笑顔を見ていると、なんだか本当にそうなる気がして安心できた。
「ミネアは、それ、誰にあげるの?」
自分の物より遥かに美しく編み上がったマフラーを貰う幸福者が誰なのか、単純に興味がある。
「そうですね。やはり姉さんでしょうか。あの人、いつも薄着ですから」
小バカにした風を装いながら、マーニャのことを話す時のミネアはいつもやさしい目をしている。
「それにしばらくは、クリスマスって場合じゃありませんし」
なんの気なしに呟いたのだろうが、アリーナは焚火の回りで聞いた話を思い出してぼんっと顔面から湯気を出した。それを受けてミネアも爆弾発言を自覚して赤くなる。
ミネアたちが生まれたキングレオ王国は火山が噴火して出来た島国で、大地は多くの実りをもたらさない。当然、出生率も、生まれた子供の成人率も低い。そんな国のクリスマスは、収穫祭というよりは新しい命の誕生、という意味合いが強くなる。
凍った石灰質の土を耕しても意味がないとか、森にも獲物が居なくなる冬に、他にすることがないからだということもあるだろう。
クリスマス−−冬の訪れを告げる冬至の夜は、子を成すための夜となる。適齢期がきた男女は、その冬を供にする相手を選び、意中の相手に贈り物をしてその意思を伝える。
つまり、ミネアたちの言うクリスマスに異性にプレゼントを渡す行為は、求婚、もしくはより直接的な意味を持つのだ。
「たたたただ、一年のお礼でプレゼントを渡す、という解釈も、最近では増えてますからっ」
「そそそそうなんだ」
互いに大いに吃りながら、顔を見合わせ意味もなく笑う。
「じゃっ、包んじゃいましょうか」
「そうだねっ」
照れ隠しに、完成したマフラーをやや乱暴に包装紙に包んでリボンをかけた。
クリフトは、このプレゼントの意味を、どちらに取るだろう。博識なクリフトのことだから、きっとどちらの意味も知っているはずだ。
(わたしは、どっちがいいんだろ…)
クリフトが好きだ。けれどその「好き」は、どんな類いの「好き」なのか、アリーナ自身が量りかねている。
真面目な顔で、ぎゅっと包みを抱き締めるアリーナを、ミネアはやさしく抱き寄せた。
「大丈夫ですよ。考えすぎないで」
困ったときは、心に聞いてごらんなさいと、ミネアは大人の笑みでアリーナの薄い胸を突っついた。
「もうっ」
とアリーナはふくれたが、ふっ切れた気がする。
クリフトの顔を思い浮かべると、胸がどきどきする。クリフトが側に居ないのは嫌だし、もっと側に、もっと触っていたいと思う。触れてほしいと、そう願う事があるし、そんな時はお腹の下がきゅんっとなる。
「――早く。クリフトに、渡したいな」
「そうですね」
幸福そうに包みを抱き締めるアリーナを、妹を愛しむようにミネアが見守る。
そのミネアの姉マーニャは、扉の外で「参った…」と苦笑いした。マーニャの抱えた袋の中には、カジノで稼いだコインと交換した武具が入っている。マーニャはこれをとある戦士にクリスマスプレゼントとして贈るつもりだ。勿論、誕生祭の方の意味で。しかし彼女の大事な妹は、彼女を気遣って彼女にプレゼントをくれるという。
「もうコインもゴールドも残ってないし…」
ミネアに何を贈ろうか。ミネアにゴールドを借りてもう一稼ぎしてくるべきか、マーニャが一人頭を悩ませているうちに、一番鶏が新しい朝の訪れを告げた。