戴き物のSS

□至尊
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至尊

 王とは、孤独なものである。
 教育係のブライが語る意味を、アリーナは全く理解できなかった。
 だってお父様は王様だけれど、ちっとも孤独なんかじゃないわ。わたしもいるし、ブライ、お前だっている。毎週水曜は街の人達の陳情を聞いて、畑の物や川の物を貰うわよ? 日曜には教会へ行くし、その度みんなに囲まれるわ。あんなに人気者のお父様が、孤独だなんてあるわけがない。
 孤独な王様なんて、嫌な王様なんじゃないかしら? 国民に愛されてこその王様だと思う!

 鼻息荒く言い切ったアリーナに、ブライは困ったように首をふったけれど、幼いアリーナの純真さを、いとおしむように頭を撫でた。
 姫様には、まだ少し、難しいやもしれませんな。と、そう言って。


 それから、20年。

 世界を破滅から救った英雄王、アリーナ・サントハイムは思う。
 今は亡き老師の教えの意味を。
 王とは、孤独なものである。また、孤独でなくては王にあらず。
 民に愛され、臣に愛され、民に畏れられ、臣に畏れられる。
 それが王。
 王たるこの身は私心を捨て、ただ国のために。
 国は王のためにあり、民は国のためにある。

 周囲より一段高い玉座から謁見の間全体を睥睨する。そこにあるのはアリーナが棄てた少女時代。煌めく恋と、過酷な旅の伴連れだ。

「クリフト」

 神に仕える神官は、王に対して頭を垂れぬことを許されている。真っ直ぐ玉座を見上げた神官は、王の背後にある聖印に一礼した後で、穏やかに口を開いた。

「陛下にはご機嫌麗しう」
「わざわざご機嫌伺いに来たの?」
「まさか」

 アリーナの嫌味を一笑に伏して、クリフトは小脇に抱えた包みを開き、肖像画をアリーナに向けた。

「エンドールのエリック王とモニカ王妃より、縁談のお申し出がございました」
「お前は見合いの話ばかりね。先月はボンモール、先々月はブランカ、今日はエンドール」
「お二人は旧知の仲。陛下の身辺を案じておいでなのです」

 クリフトが内心どんな思いで、アリーナに縁談を勧めに来るのかは知らない。どこそこで豚の子供が何頭産まれたと報告するのと同じ口調で、クリフトはエンドール貴族の青年の良さを語り連ねて行く。

「クリフト」

 蝿でも追い払うように、アリーナはクリフトの話を遮った。

「わたしは婿をとるつもりはないわ」
「では、サントハイム王家の血が絶えてしまいます」
「婿などとらずとも、わたしが子を成せばいいだけの話よ」

 婚姻で他国との縁を作ることは定石だが、必ずしも上作ではない。サントハイムが力を持ち続けるならば、力ある外戚は逆に国内に不和を招く。
 しっし、と猫を追い払うように退室を命じられ、クリフトは苦笑しつつも謁見の間を辞した。



 その夜、

「クリフト」

 呼ばれた男は読んでいた本を閉じて、フードで顔を隠したその人が飛び込んでくるのを受け止めた。

「また抜け出して来たんですか」
「壁は壊していないわ」
「それはよかった」

 フードを落とし、噛みつくようにキスをして、アリーナは悪戯っぽく微笑んだ。

「来月はどこの王子を紹介するつもり? お前も物好きね」
「お世継ぎが必要なのは本当でしょう。こればっかりはアリーナ様お一人では如何様にもなりますまい」

 互いの衣服に指をかけ、言葉の合間に口付けながら、クリフトは生真面目な口調を崩さない。

「子は神からの授かり物よ」

 アリーナはふんっと鼻を鳴らすと、クリフトの手から逃れるように身を翻しベットにどすんと腰を下ろした。そして子供が親にせがむように、靴を脱がせろと足を高く差し上げた。やれやれと溜め息を吐きながら、然して嫌でもなさそうにクリフトがアリーナの足を取る。

「わたしは、神の子を産むわ」
「都合の良いときだけ…」

 神を縁談を断るだしにするのはおよしなさいと、顕になった素足に口付ける。

「あ、んっ、だってお前、わたしを他の男に抱かせたいの?」

 これには答えず、クリフトは渋い表情で作業を進めた。

「胤はなんでも構わないわ」
「また…」

 日中のやり取りを思い出したのか、クリフトは困り顔に眉尻を下げた。

「何処の馬の骨とも解らぬ吾子を王位に頂く民の気持ちをお考えください」
「わたしの子よ。だから、産むのは構わない。けれどお前以外と閨を共にするのは嫌よ」

 クリフトの頬を両手で挟んでこちらを向かせ、きっぱりとした口調でアリーナは断った。

「これ以外に子を作る方法を、お前は知っていて?」
「……いいえ」

 ゆっくりとアリーナの上に覆い被さりながら、クリフトは首を振った。

「存じません」
「なら、仕方ないわ」

 は、と息を吐いて異物を胎内に受け入れながら、アリーナは勝利を掴んだとばかりに朗らかに笑った。

「わたしは神の子を産む」
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