戴き物のSS

□わたしの太陽
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とつとつと、拙い言葉で訴えられる不安、畏れ。アリーナの忠実なる青年は、決して急かしたり焦らせたりせず、ただ黙って彼女の言葉に耳を傾けた。

ひとしきり話を終え、ガーネットの瞳が鈍い色を帯びて再び俯く。だがその瞳が次に写したものは、透き通るほどに蒼いアクアマリンの瞳。顎に添えられた手が、するりと彼女の頬を撫でた。

旅の間、ずっと彼女を支え続けた小さな温もり。そのさりげない温かさはいつも彼女の心をあっという間に溶かしてしまう。


「……わたし、何もできないよ、皆分かってるはずなのに。
女王様になんてなれないよ」

耐えきれず肩を奮わせはじめたアリーナを、黙ってクリフトは抱き締めた。「臣下」と「姫」の立場なら決して許されない行為。二人がその立場を飛び越えたのはいつだったか。
ーーいや、最初から二人を隔てるものなどなかったのかもしれない。表面上をいくら隔てていようとも、彼らは心の奥深くで堅く結ばれているのだから。その場所に入り込むなど、できようはずもない。


「怖い、のですか」

こくり、とアリーナは頷いた。

「不安なのですね」

アリーナの両手が、ゆるゆると広い背中に回される。小柄な彼女が、すっぽりクリフトの腕の中に収まった。世界で一番、安心できる場所。その中で語られる言葉は、アリーナの心に柔らかな雨のように染みる。
この頼れる神官は、彼女の期待を裏切る言葉を紡いだためしがない。アリーナは良く分かっていた。
だから彼にはすべて打ち明けられる。迷いも、恐れも。


「……姫様。なぜ、帝王学も修めておられず歴史も満足に知らない、……まだまだ王族として未熟なあなたを時期女王として皆が望んだか、ご存じですか」
「分かるわよ。私が、『導かれし者』だからでしょう。
お飾りなのよ、私」
「全然違います」


苛立ったような声色にアリーナは驚き、胸に埋めた顔を上げる。夜明けが近いのか、かすかに空が白み始めたらしい。彼女を見つめるクリフトが険しい表情をしているのが見えた。

「誰がそんなことを吹き込んだかは分かりませんが、全然違いますよ」

早口できっぱり断言する。アリーナはますます驚いた。彼が自分の言葉を否定するなど、滅多にないのだ。

戸惑うアリーナに気づいた彼は、すみません、と申し訳なさそうに小声で囁き、詫びるようにおでこに唇を落とした。その感触に、アリーナもいつものクリフトを感じ、ほっとする。


「この国には光が、必要なのです」
「光?」


アリーナの髪を撫でながらクリフトは、話しはじめた。その声は限りなく穏やか。

「そう。
この国の国民が、長い間不安に駆られながら過ごしてきたのはご存じですね。
いつ明けるか分からぬ夜を、肩を寄せ合い怯えて暮らしていたのです。

私はこの国に戻ってから、多くの方の話を聞いてきました。世界に平穏が訪れてからもなお、人々の心に残るその傷は深く残っています。
闇に飲み込まれたまま光を失っている人たち、彼らには姫様が必要なのです。まるで太陽のようなあなたが」
「わたしが ……?」

教会のステンドグラスから澄んだ光が入る。朝陽が顔を出すのはもうまもなくかもしれない。
抱き合う二人の姿に、窓に輝く天使が微笑みかけた。

「そう、自らの力で運命を切り開き、夜の闇を払う、あなたは太陽なのです。
あなたのすべてが、私たちを眩しく照らしてくれるのです」
「戦うことしかできなくても?」
「何故そのような取るに足らぬことを気にすることがありましょうか。あなたのこの両手が、私たちを闇夜から連れ戻してくれたのです。
そしてこれからは、あなたの存在が私たちの未来を照らしてくれるのです」


アリーナの背中に回された両腕がきつく彼女を抱き締める。




「大丈夫。あなたらしくいて下さい」


その言葉に、塞き止めていた涙が止めどなく流れ落ちていったーー。
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