戴き物のSS

□クチナシに恋して
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エンドール城の花月の宵。贅を凝らした庭園には、美しくあでやかに咲き誇る花。
 その中に、ゆらりと白く浮かぶクチナシの花。その香りはまるで、絡み付くように青年の心を捉えて離さない。甘く、まろやかなその香り。


◇◇


「良くお似合いですよ、姫様」

 クチナシを一輪髪に飾り、淡いパステルイエローのドレスに身を包むのは、サントハイム王女アリーナ。

 彼女は青年の言葉に眉を潜めた。

「クリフトも着てみればいいわ。どれだけ苦しいか」

 アリーナは恨めしげだ。コルセットは彼女をギリギリと締め上げ、小さい靴は拷問かというほどだ。パニエは邪魔なスカートを更に邪魔臭く膨らませ、まったく彼女はぎこちない動きをしていた。


 何故、このようなドレスをわざわざ着ているのか。


 今宵は、エンドール王女モニカとボンモール王子リックの婚礼の宴。彼女はサントハイム王女として、またエンドール武術大会優勝者として招かれたのである。


 クリフトは付き人として控え目に付いていたが、彼が気になっていたのは宴の主役ではなく、自らの主の事である。

 そして、その髪に飾るクチナシの白い花。


 花嫁モニカも白い花輪をつけているが、こちらはミルテである。純潔を表す花であり、まさに今日の彼女に相応しい。
 また、ミルテの香り(主に葉から香る)は爽やかで、これもまた清楚なモニカに良く似合う。


 だがクチナシを飾り、甘やかな香りを振り撒くアリーナのえもいわれぬ艶かしさと言ったらない。ふっくらした唇が、なめらかな頬が、普段見慣れている筈なのにいつもよりしっとり濡れて見える。
 普段は服装に無頓着なおてんばな少女だが、やはり一国の姫君。少し飾り立てるだけでも別人のようになるのだとクリフトは思う。主役のモニカではなく、アリーナをチラチラと盗み見る者もいたくらいだ。

 お目付け役ブライはエンドールの重鎮達に挨拶している。

 「悪い虫」がつかないようにするのは自分の役目であると心に決め、いつもは柔和なその顔を厳しく引き締めて、クリフトは姫に近づく者に注意を払っていた。
 「側仕え」の役割を越えた想いを抱きながら。


◇◇


「はーあ、疲れちゃった」

 ドレスを脱いで絹のローブに着替えたアリーナはようやく一息つく。用意された部屋には庭園が見渡せるバルコニーが付いており、彼女は夜風に当たりながらベンチに座った。
 外交官として手腕を奮ったブライはすっかり疲労困憊で、先に休むと言って寝室に籠っていた。


 二人きりの静かな夜。


「姫様」
「ん?」


 優しく微笑みながら、彼女の忠実なる側仕えが用意したのは、サンドイッチやフルーツなど、軽くつまめるものである。

「先程は全然召し上がっていなかったでしょう」


 お腹を空かせていた姫は飛び跳ねて喜ぶ。その姿は年相応の少女。

「やったぁ! ドレスが苦しくて、食べられなかったの! ありがとう、クリフト!」


 クリフトは隣に座り、嬉しそうに食べる姫を優しい眼差しで見つめた。美味しそうに頬張る姿からは、先ほどの色気は感じられない。青年はほっとする。


 どうか、まだ蕾のままでいて。


 気づけば一心に食べていた姫の動きがゆっくりになってきた。頭がフラフラしている。

「姫様?」
「ん、なんか眠い……ちょっと寝る……」


 もうお休みになられた方が、クリフトがそう言う前に姫は彼の肩に凭れて健やかな寝息をたて始めた。

 とたんにふわりと匂う、クチナシの香り。姫の髪から一輪、ぽとりと落ちる。
 
 膝の上に落ちた妖しくも可憐なその花を拾うと、そっと唇を寄せ、アリーナの髪に飾った。それから髪をそっと撫で、瞼を撫で、柔らかそうな唇に指先を伸ばす。羽根のようにふんわりした感触に、指先からピリリと雷が走るような思いがした。 

 クチナシの花の香のように、私の心を惑わせる我が主。真白なその花びらを開いたら、私が手折って差し上げましょう。
 その時まで私は貴女の従順な家臣。



クチナシに恋して
(むせかえる程に深く深く匂うは、君の香り)

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