戴き物のSS

□ラストダンジョン
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ラストダンジョン


 腹に力を入れた途端、傷口からどぷりと血が溢れた。

 これ以上血を失うのはまずい。戦えなくなる。
 解っているのに、ベホイミを唱える隙がない。
 相手に、与えるつもりがないのだ。
 矢継ぎ早の攻撃に剣を繰り出しなんとか凌いでいるが、このまま出血が続けばいずれ腕が上がらなくなる。事実、もう足が思うように動いてくれない。上げた腕も、下げたが最後上がらない気がして、手首の返しだけで剣を捌いている状況だ。
 上背を利用して、重力に任せた力強い攻撃。生半可な刀では、あっさり折れ砕けていただろう。攻撃を受け弾き飛ばす度に上がる青い火花は、この刃に魔力が宿っている証。勿論、剣を操るアレフの技能あってこそ、ここまでの連激を防いでいるのだ。

 しかし、

 攻撃が単調すぎる。

 気付いた時には横撃が来ていた。やはり血を流しすぎたのだ。全然頭が回っていない。

 骨が軋む。
 吐き出した息に血が混じる。瓦礫と砂埃を巻き上げて、アレフの体は二転三転した。


 埃を積もらせ、床に転がる。くぐもった声で呻くばかりの勇者に、玉座から王は左手を翳した。
 彼の居城に唯一人で乗り込み、ここ玉座の間まで辿り着いた人間に対するせめてもの礼儀として、魔物の王、神としての力を以てほふるべし。
 世界すべてを奮わすように、王の喉から流れ出たのは異界の言葉。古の術法。喪われた破壊の焔を生み出す旋律。

 王の掌に生まれた赤い光球は、王の手を離れた途端、辺りの空気さえ焼き尽くす勢いで燃え盛り、倒れた勇者を飲み込んだ。

 ――かに見えた。

 折れた、否斬られた錫杖を捨て、その手で傷付いた胸を一撫でした竜王は、感心したように眉を上げ、彼を傷つけた人間を見た。
 吹き飛ばされたのは、計算の内。竜王の攻撃をわざと受け、間を取ってベホイミを唱える時間を作ったのだ。

 なかなかどうして、やるではないか。

 ここまで来たのは、まぐれや運ではなかったらしい。
 にやりと、好敵手を認めて竜王が笑う。

「待たせたな。仕切り直しといこうぜ。竜王さんよ」

 こちらも不敵に微笑んで、勇者アレフはロトの剣の切っ先を、ぴたりと竜王の喉元に向けた。


20110202

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