戴き物のSS
□雪原に咲く花
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雪原に咲く花
粉雪が舞い散る、空気も凍てつく朝だったと、老司祭は語った。
いつからそこにいたのだろう。
何度も手直しされた籐のバスケットに、古びた毛布に包まれて、寒い冬の朝、クリフトは教会に捨てられていた。
司祭の腕に抱かれた嬰児は暖かで、とても冬の寒空の下に放置されていたとは思えない。まだそこらに母親がいるのではないかと、司祭は辺りを見回したそうだ。いまのいままで、赤子を抱いていたのなら、どれ程冷えているか知れない。子を捨てる事を咎めはしない。ただ、哀れな母親に暖まっていくよう勧めるために。
けれど辺りに人影はなく、次第に司祭も腕の中の赤子も冷えて行く。赤子が弱々しく鳴き始めたところで、司祭は諦め教会の中に戻っていった。
クリフトが置かれていたバスケットの下に、季節外れの芝桜が、淡い紅色の花を咲かせていたのを司祭が見つけたのは、その日の勤めを終えた日暮れ時だったという。
「やっぱり、クリフトは神の子よ。導かれし者として生を受けたのだわ」
この話をすると、決まってアリーナは興奮した眼差しでそう言う。
クリフトは困ったように曖昧に笑う。
アリーナ自身、導かれし者で、自分など、アリーナのおまけのようなものだとクリフトは思っているのだから。
「わたくしが導かれたのだとすれば、それは貴女様のお役に立つ為です」
控えめな発言に、アリーナは不愉快そうに眉をひそめた。
「おまえのそういうところ、好きだけれど嫌いよ」
「アリーナさま…」
整った顔が面白いほど情けなく歪むので、アリーナはつい、怒った顔を作っていたのも忘れて笑ってしまう。
「嘘よ。嘘。ああ、そんな顔をしないで。わたしのクリフト」
頬に手を添え、唇の端にそっと口付ける。それだけで、クリフトの笑顔が輝くのを知っている。
「大好き。愛しているわ。だからそんな風に自分を卑下しないで。おまえは救国の英雄よ? わたしの夫、サントハイムの王、リーアの父親なの」
アリーナが寝そべる長椅子の隣に置かれた豪奢なベビーベット。そこには、天使が一人安らかな寝息をたてている。
まだ柔らかな髪は、クリフトと同じ艶やかな黒。まだ像を結ばぬ瞳は、アリーナと同じ鳶色。
クリフトが拾われたのと同じ、粉雪舞い散る冬の朝に生まれた、愛しい我が子。
まさか親に捨てられた自分が、家族を持つことになろうとは。それも、子供の頃から憧れ慕い続けたアリーナ姫との間に。
「クリフト? やだ、おまえ、泣いているの?」
知らず流れていた頬の涙を、細い指が拭ってくれる。産後間もない気だるい体を起こし、抱き締めてくれる腕が、細い体で子を育み産み出してくれたその全てが、いとおしい。
「はい。嬉しくて」
抱き返した体は、以前より少し柔らかく丸みを帯びて、彼女が母になったのだということを教えてくれる。
「愛しております。アリーナさま」
くすぐったそうに、けれども満足そうに、アリーナはクリフトの髪を撫でた。頷きを返す代わりに。
主人に忠実な犬が、ブラッシングを受けているような心地よさげな表情で、クリフトは撫でられ続けている。
この幸せが生ある限り続けばいい。この幸せを奪うものがいたなら、クリフトは何をしてでもその存在を排除するだろう。
神など、天上でふんぞり返っていればいい。緑の髪のあの若者をだけ、これまで与えた不幸の分だけ愛してやればいい。クリフトの分まで。
(わたしには、もう女神と天使が舞い降りたのだから)
ふと目を向けた窓辺には、第一子誕生の祝いにとかの若者から贈られた、薄紅色の小さな花が季節外れの花を咲かせていた。
終わり
20101222
リーアさんへ
サイト開設二周年のおめでとうございます!
リーアさんと、そしてリーアさんの作品と出会えたことは、わたしにとってとても幸せな事でした!
これからもどうぞよろしくお願いいたします(^∇^)