戴き物のSS

□門出見つめし夜明け
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幾多の星々が闇を彩り、沈黙を遵守したまま寄る辺無き者達を見つめている。

その者達の一人でもあるサントハイム王国の王女アリーナは心に巣食う黒塊を吐き出すかの如き溜息を吐いた。

「私は進む」

凛とした声が発するその言を顔を俯かせ跪いたまま待っていた臣は漸く顔を上げ、己の主人である王女を見つめた。

「仰せのままに」

その言葉に対し不服そうに鼻を鳴らした後、王女は腕組みをしながら臣下を見下ろした。

「お前も来るの?」

「勿論で御座います。貴女様の居られる所に臣もまた准ずる事を御許し戴きたいと願います」

「クリフト」

強い口調で王女から名を呼ばれた臣は、碧き海を連想させる穏やかな瞳を再び地へと戻した。

「はい」

「お前は私よりも弱い。その拳も脚も、私よりも幾分か長いだけ。醜悪なる魔物共が現れたとしてもお前がその背にある剣を抜く間も無く私が悪臭放つ心の臓を抉り出すでしょう。だけど、時には私達がその憂き目に遭うかも知れないわ。私よりも身体弱きお前なら尚更。死をも覚悟しなければならないでしょう。それでもお前は私と共に在る事を願うと謂うの?」

クリフトは顔を落としたままその瞳を閉じる。

「足手纏いとなる臣は必要無いと?」

否定の言葉を発せられる事は無いであろう。クリフトはそう思いながら王女の玉音を待った。


長い、長い沈黙の後。

「いいえ、お前は必要よ」

予想もしていなかった台詞にクリフトは目を見開き、顔を上げる。何時の間にか王女は自分の目の前で膝を折り、今にも唇が触れるやも知れぬ側で微笑んでいた。

クリフトは頬に朱が走るのを感じながら慌てて平伏しようと地面に向かって手を伸ばしかけたが、王女は素早くその手を掴むと戸惑いの中で揺れる神官の瞳を聢と見つめながら再び口を開いた。

「私など足元にも及ばない強者は星の数程存在する。その位の事、これまでの旅の中で広き世を知る事も無く狭き城で驕る事しか知らなかったこの身に嫌と謂うほど味わう事となったのよ、解っているつもり。それに武術大会優勝という歓喜冷め遣らぬ時分、城の者達が突如失われるという憂き目にも遭った、己の力の無さを痛感出来ない筈がないでしょう?」

「城の方々の行方が知れぬ事態となったのは我々臣の不徳の致す所であって、姫様には何の…」

クリフトの手を払い、アリーナはその言を制すると怒気を含んだ声を上げた。

「口を慎みなさい、クリフト。このような恥辱、城の主である王家の責任以外の何ものでも無い!」

再びクリフトは地面と鼻が擦れ合わんばかりに顔を下げた。

「……クリフト、お前は必要よ。私にはもはや足首擽る絨毯の道ではなく、卑しき魔物の鮮血を踏締め進む道しか用意されてはいないけど、私の傷を癒す力を持つお前は必要な存在なの」

「勿体無き御言葉」

クリフトは平伏したまま言を発する。

「このクリフト、姫様の盾となり、不覚にも姫様の玉の如き御身を傷付けられた暁には滅びの魔法にて敵の息根を止め、癒しの魔法にてこの身を削ってでも御身を治癒致す所存です」

「……お前は真直ね」

アリーナは瞳を眇めるとクリフトの手を取り面を上げさせる。

「お前は何時でも私を癒す存在だという事を努々忘れる事無く生きよ」

「御意のままに努めさせて戴きます。私が賜りし癒しの力は貴女の為に」

「……本当にお前は真直ぐ。少しはその言の真意を捉えて頂戴」

「は……はい??」

笑って良いものかどうか思案に暮れるクリフトの肩を労うように二度ほど叩いた後、木陰に腰掛け微睡みながら見守っていた老師に歩み寄ったアリーナは、白眉の隙間から伺える黒瞳を捉えた。

「爺は?」

「若造と同じ所存。最も、姫様の玉音をそのまま額面通りに捉えるほど若くも、かと言って無用な老婆心を見せ、余計な言を挿むほど老いても居りませぬがな」

アリーナは苦笑しながら肩を竦めて見せた後、老賢者に囁いた。

「魔物共にとっては私達三人の中で誰よりも脅威となるであろう私だけど、この心は爺は勿論、クリフトよりも遥かに弱い。爺とクリフトは心弱き私に遺された唯二人のサントハイムの仲間なの。二人は私がその身に受けた生傷だけでなく、時には見えぬ傷を負いし心を癒し支える、何者にも代え難き存在である事を忘れないで頂戴」

老師は肯定の意を表わすように右手を少しだけ持ち上げた。アリーナは満足そうに微笑むと立ち上がり、東の山の稜線を照らす光を見つめる。

「さあ、行きましょう。私達の新たなる門出を見つめし夜明けと共に」


END.

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