戴き物のSS

□相打ちでしょう?
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剣に持ち替えてしばらくたったある日、そう言ったクリフトに、アリーナは訳がわからないという顔で肩を竦めた。

 彼女にしてみれば、クリフトに語った事すべてが実体験であり、当たり前のことであったのだ。

 武術以外に医術にも覚えのあるクリフトが、そんなことにも気付かない事がおかしい。その時は、そんな風に思ったのだろう。とはいえ、数日前に何の気なしに発した言葉を、覚えているようなアリーナではない。

「なんのこと?」

 思ったことは口にする。

 善くも悪くも、裏表のない開けっ広げな性格は、リーダーとしては悪くはない。が、為政者としては問題だ。


 言われたクリフトはわずかに目を見張り、次いでふわりと微笑んだ。

「いいえ。こちらのことです」
「そう?」

 動きにくいドレスを大胆にも脱ぎ捨て、やれやれとため息をつくクリフトの手から武道着をひったくる。

「じゃ、始めましょ。少しは強くなったんでしょうね?」

 挑戦的にきらりと光る、強い瞳。不敵に笑う口許も、遊びに心踊らせる幼子のように邪気がない。

「折角道場に通っているのだから、強くならなくては困るわよ?」

 クリフトは、相変わらずの困り顔で、優しい微笑を浮かべて佇んでいる。これで道場では五指に入る腕前だというのだから人は見かけによらない。

 サントハイム王立武闘道場。通いたくても通えない、女である自身に腹が立つ。

 かつての遊び相手であり、今では稽古相手でもあるクリフトが、羨ましくて仕方がないのだが、反面誇らしくもある。

 乳兄弟のクリフトが誉められるのは、我が事のようにうれしいのだ。

「どっからでもかかってらっしゃい!」

 半身引いて正中線を相手の視界から隠す。誰に習うでもなく、アリーナはごく自然にそんな構えをとった。街の子供達相手に培って来た経験がもたらすものだと言えないでもないが。

 こちらも重心をやや下に構えながら、クリフトは苦笑した。

「かかってらっしゃい、って…。姫さまが後手に廻られたことなんかないじゃありませんか」
「問答無用!」

 どちらで地面を蹴ったのか。

 矢のように飛び出し迫ってくるアリーナの、初手は右の上段。わずかに上体を反らして避けたところに左の拳が鳩尾目掛けて突き出される。剣の持ち手を変えて鍔で受けた。衝撃で剣を持つ手が痺れて、剣を落としそうになるが、手が痛いのはアリーナとて同じだろう。

 反らした体を支える左足に力を貯めて、左足を蹴り出す。ブーツの裏に柔らかな感触。何か軽いものを蹴ったような、曖昧な手応え。

 クリフトの勢いに逆らわず、アリーナが後ろに飛んだのだ。蹴った、というよりは飛んだのを補助したようなものか。

 着地したアリーナ目掛けて木刀を振り下ろす。受けるには体勢が悪い。アリーナは更に後ろに飛んでこれを避けた。

 一歩踏み込み、更に追撃をかけようとしたクリフトは、不意に、アリーナの見せた目の動きに、誘われたように目をやった。途端――

「うぁぐっ!」

 最初は腹、次いで背中。衝撃で息が詰まる。体を丸めて痛みに堪えるクリフトの、涙に滲む視界に、ゆっくりとアリーナが近付いてくる。

「あんなフェイントにひっかかるなんて。まだまだね」

 差し出された手を取る。このほっそりした手のどこに、大の男を吹き飛ばすだけの力があるというのだろう。

「面目、ございません…」

 多少咳込みながら返す。

 立ち上がってしまえば、見下ろす位置にアリーナの顔がある。

 王族を見下ろすなど、とんでもなく不敬な行為だ。慌てて膝を付こうとしたクリフトの行動の切っ先を制するように、アリーナの手が、クリフトにのびた。

「でも、少しは強くなったわね。最初の一撃をかわされるとは思わなかったわ」

 よしよし、と髪を撫でる。我が子の成長を見る母のような満足そうな笑みで。

 クリフトには、どんな宝より価値のある褒美だ。

「はい。ありがとうございます。アリーナさま」

 ふわりと、こんな時にクリフトが浮かべる無垢な笑顔に、アリーナがどきどきしている。という事実をクリフトが知る事になるのは、そうとう後の話…‥――


2010.4.5






ぽりんさん、ありがとうございました!

目の前でクリアリの手合わせを見ているようなすごい迫力です!

そしてクリフト、腹に背中に畳み掛けるようにやられちゃっている!最強姫様に、全く歯が立ってないです〜(笑)

フェイントにやられちゃうのも、クリフトらしくて素敵♪

でもそんな姫様を一撃で仕留めてしまう、必殺の微笑みを実はコンプリートしていることに、彼自身は気づいていないのですね☆

ああ、かっこいい♪クリフトの笑顔は「ザキスマイル」です♪やられてしまいます☆

素敵なお話を、どうもありがとうございました☆
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