戴き物のSS
□かわいいひと2
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かわいいひと2ー1
夏の盛り、アレフがかつての母国ラダトームとの戦に出向いていた頃、ローレシア城ではローラが第三子を出産した。アレフが望んだ通り、ローラと同じ金色の巻き毛をした女児を。
お産自体安産で、薬師から母子ともに健康で問題はないと言われれば、わざわざ最前線で指揮を執るアレフに早馬を出そうとも思わない。だからアレフが娘の誕生を知ったのは、誕生から4ヶ月が過ぎた秋も終わりの頃だった。
町に入る前、近くの河原で馬と身体を洗い、鎧を磨いて、きれいな姿で凱旋するのが戦に出た兵士の常だ。そうして兵士は英雄として子供の憧憬を集め、娘たちと恋に落ちる。
絶世の美姫との誉れ高いローラを妻に迎えて尚、国中の娘たちの恋心を疼かせるアレフもまた、一般の兵士に混じって冷たい川で身体と鎧を洗っていた。
兵士たちが帰ってくると、川下では水が濁るのですぐわかる。すると川下の村から、息子や夫の無事を一秒でも早く確かめようと、英雄を少しでも近くで見ようと、人々がやって来る。
「王さま! おかえりなさい!」
緊張して頬を紅潮させた少年が差し出した手拭いを、アレフは礼を言い、笑顔で受け取った。
「勝った?」
感動にうち震えている少年の後ろから、別の子供が身を乗り出してきた。それを少し迷惑そうにしながらも、少年も期待と不安を瞳に湛えてアレフを見上げる。
「ああ」
くすりと笑って、アレフは頷く。
「勝ったさ。勿論」
子供たちがわぁ、と歓声を上げる。
「やっぱりおれたちの王さまは最高だ!」
「おれ、おっきくなったらお城の兵士になる!」
興奮した口調で口々に言う子供たちに、見ていた兵士たちからも笑みがこぼれた。
「頼もしいな」
アレフが少年の髪を撫でてやると、子供たちの興奮の度合いは増した。おれもおれもと次々と未来の兵士が立候補する。その一人一人に、アレフは名前を聞き、頭を撫でてやる。いつのまにかそこに女たちもやってきて、アレフの回りにはちょっとした人垣が出来ていた。
「あのう、王さま」
おずおずと声をかけてきたのは、乳飲み子を抱えた若い母親だった。
「王女様のご誕生、おめでとうございます」
赤ん坊を抱えながら、ぎこちなく膝を曲げて挨拶する母親に、笑顔で挨拶を返したアレフは、言われた言葉を脳内で反芻して笑みを強張らせた。それには気付かず、母親は言葉を続ける。
「わたくしの息子は、王女様ご誕生の翌日に生まれましたが、父親が大変な酒呑みで、まだ名前がありません。どうか王女様と近しい日に生まれた誼(よしみ)に、この子に名をお与えくださいまし」
深々と頭を下げた母親に、アレフは直ぐ様返答が出来なかった。娘が産まれた事実を、よもやこのような場面で、見ず知らずの民から聞かされるとは思いもよらなかったからだ。
「王さま…?」
いつまでも返答がないのを不審に思い、母親はアレフの顔を伺った。
「あの、不躾なお願いだというのは…」
いつの間にか子供たちはアレフから離れて、変わりに年嵩の兵士が一人、アレフの横にやって来ていた。反応がないアレフに、母親は助けを求めるようにその兵士を見る。
兵士は厳つい胸を反らして、にかっと豪快に笑った。
「大丈夫だ。陛下はきっとよい名を考えてくださる。女、名を聞こう」
「は、はい。オルヒァ通りのクララと申します」
「おお、ビルの嫁さんだな」
「はい」
自分のことを知る兵士の登場に、母親はほっとした様子を見せたが、眉間にシワを寄せて押し黙るアレフを見て、再び泣きそうな顔をした。母親が不安になれば、抱いている赤ん坊だって不安だ。今にも泣き出しそうな赤ん坊に、兵士は慌てた。
「見ての通り、陛下は真剣にそなたの息子の名前をお考え下さっておる。少し時間がかかるだろうから、家で待っていなさい。そうですよね、陛下!」
どんっ、と脇を突かれて我に返ったアレフは、「あ? ああ」とぎこちなく笑った。