此処はとある遊郭。
毎夜女達が自分を着飾り、男を誘う場所。
意識が朧気になりそうな程甘い香りでその部屋は満たされていた。
す、と静かな音で襖が開かれた。
そこには紅い艶やかな着物に身を包んだ女が座っていた。
ゆっくりとこちらへ振り返る。
『貴方は毎回何をしにここへお越しになるのですか?』
『何でだろうね…。』
自分でもよくわからない。
気がついたらこの場所へ足を運んでいる自分がいる。
特に何をするわけでもなく、俺はそこへと通っていた。
『…今日の月はとても綺麗ですよ。』
そう彼女は静かに笑う。
唇の紅が濡れたように輝く。
『ああ。本当だね。』
女の言う通り、小さく空いた窓へと歩み寄り空を見上げると満月が浮かんでいた。
背後から衣擦れの音。
すぐに女が立ち上がったんだとわかった。
俺はそのまま月を見上げていた。
幾度となく見上げてきた月。
俺の全てを見透かすような光が目に眩しかった。
『こちらを向いてください』
その言葉に振りかえる。
目の前には無表情とも言える女の顔があった。
『どうか、貴方の道に幸多からん事を…。』
そう言われながら口付けを受けた。
ほんの一瞬、口布越しの唇が触れるか触れないか程度のものだった。
俺はその言葉に苦笑する。
『どうしてキミがそんな事を?』
俺と女はただの顧客関係に過ぎない。
なのに、どうして。
『…貴方が泣いていたから。』
『俺が?』
涙など出ていない。
それなのに女は泣いていると言う。
『はい。』
『っは…。そうかもネ…。』
右手でくしゃりと髪を乱すと俺の手に女の手が重ねられた。
『どうか、そんな顔をなさらないで…。』
また衣擦れの音がしたかと思うと俺は女に抱きしめられていた。
着物越しでもわかる何て華奢な身体。
鼻腔を掠めるのは白檀の香り。
自分でも滑稽だと思う。
しかし、俺はそこに救いを求めていた…。
おわり
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