ショートショート集

□アイデンティティ
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 しかし、落ち着かない。

 全てを記憶しているっていうのは疲れるんだ。

 なんて言ったら良いのかな。

 要するに、一瞬前と一瞬後は確実に変わっている。
 時の連なりは分からない程度にゆっくりと変化していくのに、僕には刻々とそれらが連続写真のように脳内に焼き付けられる。

 だから僕には当たり前っていう感覚がないんだ。

 そうやって、変化を無視することも、同じ様な光景を『同じ』と一括りにすることも難しい。
 何故なら、『同じ』ものすら僕には『違う』ものとして認識されてしまうから。

 だからノートに書いてもね、まるで意味が無い文章になってしまうんだ。

 一つの事物だけがそうな訳ではなくて、万物がそうなんだから。

 ほら、狂うだろ?

  
 だから「病気」なんだって。

 君たちはそれならテストで満点とれる、とかそんなことを思ったろうけど、まるで違うよ。

 勿論、僕は学校の勉強が出来なかったことは無いよ。
 簡単さ。全て一度知ったことだからね。

 だけど、僕にはそんな学校の勉強なんてくだらないよ。
 
 あぁ、誤解しないで。
 君たちが頑張って勉強をすることは自由なんだ。
 ただ、僕には価値が分からないだけで。

 いや、違うんだ。そうじゃない。
 僕が言いたいのは、決まった答えを学んで、見たいものは見えるのかな、って事なんだ。

 みんな同じ事が出来たら、自分という価値を何処に見出すんだい?

 僕はこんな病気で、日々落ち着かずに辛いけれど、もちろん良い事もあるんだ。

 みんなが忘れてしまった笑顔や涙を、僕だけは覚えているから。

 あんなに自由に生きていた君たちが、テストの点数なんて価値の無いもので争う姿を見るとね、なんだかやりきれないよ。

 僕はね、思い出せるものなら、君たちの輝けるあの日々を思い出してほしいよ。


 
 あらら、なんだかシンミリしちゃったね。

 悪いんだけど、そろそろお別れなんだ。
 
 言っただろう?

 僕は病気なんだ。
 僕は疲れたんだ。
 僕は落ち着かないんだ。


 大丈夫。ちゃんと分かっているさ。

 自分の終わり、その瞬間まで、僕は記憶し続けるよ。

 きっとそれが、僕のアイデンティティなんだ。



 愛すべき君たちが、自分らしく歩けるように。









 じゃあまたね。




  
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