ショートショート集
□アイデンティティ
2ページ/2ページ
しかし、落ち着かない。
全てを記憶しているっていうのは疲れるんだ。
なんて言ったら良いのかな。
要するに、一瞬前と一瞬後は確実に変わっている。
時の連なりは分からない程度にゆっくりと変化していくのに、僕には刻々とそれらが連続写真のように脳内に焼き付けられる。
だから僕には当たり前っていう感覚がないんだ。
そうやって、変化を無視することも、同じ様な光景を『同じ』と一括りにすることも難しい。
何故なら、『同じ』ものすら僕には『違う』ものとして認識されてしまうから。
だからノートに書いてもね、まるで意味が無い文章になってしまうんだ。
一つの事物だけがそうな訳ではなくて、万物がそうなんだから。
ほら、狂うだろ?
だから「病気」なんだって。
君たちはそれならテストで満点とれる、とかそんなことを思ったろうけど、まるで違うよ。
勿論、僕は学校の勉強が出来なかったことは無いよ。
簡単さ。全て一度知ったことだからね。
だけど、僕にはそんな学校の勉強なんてくだらないよ。
あぁ、誤解しないで。
君たちが頑張って勉強をすることは自由なんだ。
ただ、僕には価値が分からないだけで。
いや、違うんだ。そうじゃない。
僕が言いたいのは、決まった答えを学んで、見たいものは見えるのかな、って事なんだ。
みんな同じ事が出来たら、自分という価値を何処に見出すんだい?
僕はこんな病気で、日々落ち着かずに辛いけれど、もちろん良い事もあるんだ。
みんなが忘れてしまった笑顔や涙を、僕だけは覚えているから。
あんなに自由に生きていた君たちが、テストの点数なんて価値の無いもので争う姿を見るとね、なんだかやりきれないよ。
僕はね、思い出せるものなら、君たちの輝けるあの日々を思い出してほしいよ。
あらら、なんだかシンミリしちゃったね。
悪いんだけど、そろそろお別れなんだ。
言っただろう?
僕は病気なんだ。
僕は疲れたんだ。
僕は落ち着かないんだ。
大丈夫。ちゃんと分かっているさ。
自分の終わり、その瞬間まで、僕は記憶し続けるよ。
きっとそれが、僕のアイデンティティなんだ。
愛すべき君たちが、自分らしく歩けるように。
じゃあまたね。