ショートショート集
□美しい人
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奇妙な空模様だった。
真夏の太陽が黒い雲に覆われて、見るもの全てが艶やかに濡れていた。
見上げれば濃い雲の切れ間から黄金色の光の筋が差し込んでいて、雨が上がったばかりの地上では街路樹の緑がその光に躍動していた。
雲間から覗く光は空にも地上にも影を落とし、そのコントラストがとても幻想的だ。
そう。
まるで、世界が海の中に沈んでしまったようだった。
限られた光は世界の水滴に反射してその光を増幅させていたけれど、僕の目にはなんだかそれがとても物悲しく映る。
もうすぐ日が沈む。
その限られた時間、限られた水玉は、細い光にすがるように懸命に輝いていた。
木々の緑も、黒いアスファルトも、家々のカラフルな壁や屋根も、空飛ぶ鳥たちも。
そのおかげでいつもよりも艶々しくその存在を、しかし控えめに主張していた。
それはきっと、とても美しい光景だったのかもしれない。
でも、僕にはそれが美しいと感じるよりも、道を歩くたびに虚しさが募るだけだった。
そうだ。
僕は、いつもそうだった。
小さな頃から、美しいものを見せられると、逃げたくなった。
抜けるようなブルーを見たことがある。
母なる海は、なんと偉大なのだろうと幼いながらに思ったような気がする。隣で感動を口にする両親を、でも僕はどこか冷めた目で見ていた。
そうして僕はそこには長く留まることを望まず、しかし両親を失望させたくなくて、薄ら寒いことを口走った。
そうすれば、早く速くこの息の詰まるような美から逃れられるのだと……それは殆ど本能だったに違いない。
学校の行事でどこかの滝を見に行ったときも、そうだった。
瀑布の圧倒的な迫力は力強く美を主張しているように思えた。
そう感じた途端、僕はその美に酔った。
強烈な眩暈と吐き気をもよおして、トイレに駆け込むことも出来ずにしゃがみこんで嘔吐した。