ショートショート集

□雨
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 そういえば、彼女は雨の日が好きだった。

 困ったことに、土砂降りの雨の中、傘をささずにずぶ濡れで帰ってくる事も多かった。
 そうして毎回高熱を出すのに、学習しない。

 バカだよな、と独り言。
 裏腹に、少し笑う。

 彼女はいつも、真っ黒な服ばかりを好んで着る。葬式帰りのようで、悪趣味だと言った。
「いつでもお葬式にいけるじゃない」と微笑んでいる彼女に、余計に悪趣味だ、と言葉を投げたのはいつだったか。

 暗い雨の日に、傘もささずに歩き回る。
 そんな夜は、見つけるのが大変だった。

 捕まえておかなければ。

 すぐに消えてしまう。


『あなた』

 そう呼ぶ声は、天真爛漫。幼子のようだと、いつも思っていた。

「バカだよな」

 今日は土砂降りの雨。
 土の匂いが、強い。
 ぬかるんだ足元。

 パチパチと弾く雨音。
 湿った空気。

「ホント、バカ」

 彼女が?
 いや、自分が。
 無力さしか、感じない。

 今自分がどこに立っていて、何を見ているのか。

 それすら、危うい。

「……ごめん」
 だから、在るのは後悔。

『あなた』

 その声に、自分はどれだけ向き合えたのだろう。


 気がついた時。既に手遅れだと諦めた自分。


 果たして本当に手遅れだったのだろうか。
 許してもらえると、甘えていただけだったんだ。


 守られていたのは、自分だ。


 びしょ濡れの黒いスーツ。
 びしょ濡れの髪。

 容赦なく、雨は降り続ける。
 立ち尽くす自分。

 ああ、これでは彼女を叱れないなと、片隅で思った。

「俺しか居なくて、良かったのか?」

 答えなど、知らない。
 だけれど、言わずにはいられなかった。

 黒い石の横に、白い花。
 彼女の好きだったストック。

「お前の好きな雨の日に……」
 跪き、石に掘られた字をなぞる。
 静かに風が流れていた。

「結婚記念日、おめでとう」
 最後に見た彼女は、白い服を着ていた。
 悲しい位、とても良く似合っていた。


 ああ、そうか。雨に濡れているのなら自分が泣いているのかも分からないのか。

 ふと思い至って、また少し笑った。




 雨が降る度、思い出す。





 ストックの香りと、誓った永遠。 

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