何度だってその名を呼ぶ。














――何度だってその声に答える。














お前が望むのならば、側に居る。















――隣にはいつだって君が居て欲しいから。















だから、帰ってきて。
















夢は痛みと共に去る19















あれほど猛々しく荒れていた鬼女の力が一瞬にして消える。
その変わりように勾陣は眉根を寄せたが、紅蓮はひたすら腕に抱きかかえた昌浩だけを見ていた。
鬼女からは禍々しい妖気は消え、代わりに荘厳な神気がその周りを取り囲む。

「これはいったい・・・」

急激な変化に勾陣は戸惑った。それは他の神将も同じようで、ただ呆然と鬼女――否、鬼女だったものを見つめる。
紅蓮だけが腕に抱きかかえた昌浩を一心に見つめていた。

徐々に失われていく体温。頬からも赤みが消え、青白くなっていった。
昌浩。お前が助かるのなら何でもしよう。もう一度目を開けてくれるのなら、俺は何を失っても構わない。
お前だけが俺の呼ぶ声に答え、俺に笑顔を向けてくれた。
何度だって救ってくれた――!
紅蓮は昌浩を抱きしめながらひたすらに願う。それこそ、この国に住まう八百万の神々たちに。

――その時、鬼女の前に一筋の光が現れた。

それは小さな童子の姿となり、鬼女に微笑みかける。

『ただいま戻りました、母さま』
『あぁ・・・吾子!』

鬼女は目の前の子供抱きしめる。その瞳にたくさんの涙を溜めながら。童子も思いっきり目の前の母に抱きついた。
一方、話の見えない勾陣たちはそれを呆然と眺める。
いったいこれはどういうことなのだろうか。
紅蓮も驚いたように母子の再会を見ていたが、腕の中の体が動いたのを感じ、急いで昌浩を見る。

「んっ・・・」
「昌浩!」

切羽詰ったような紅蓮の声に驚いて、勾陣たちが背後を振り返れば薄く目を開けた昌浩がそこには居た。

「昌浩――っ!」

誰もがありえない奇跡に、息を呑んだ。当の昌浩だけが呆然と紅蓮を見つめている。

「おれ・・・・・・?」
「怪我は!? どこか痛いところはないか!!」

体のあちこちを調べ始めた紅蓮に物凄い勢いで言われ、昌浩は戸惑いながらも頷く。それを見て、ようやく紅蓮は安堵の息を漏らした。
昌浩はしばらく紅蓮を眺めた後、背後の佇む母子に目を向ける。鬼女の側に立っている童子が愛好だと気がついた途端、昌浩の脳裏にある言葉が浮かんだ。

「そうか・・・」
「昌浩?」
「君は鬼子母神の末子だね?」

神将たちは驚いては母子を振り返る。愛好はまるでよくできました、とでも言うようににっこりと微笑んだ。
鬼子母神。確か人の子ばかりを食べていた鬼だったが、御仏に末子を隠され、それをきっかけに仏道に帰依した仏の一人だ。
昌浩の言葉を受けて、ようやく勾陣も納得した。なるほど。鬼子母神ならば鬼に通じる妖気を持っていてもおかしくはない。

「どうして俺を…」
『だって願ったでしょう?』

愛好は昌浩と紅蓮を交互に見ながら小さく微笑む。一方、昌浩たちは意味が分からず首を傾げた。
鬼子母神は愛好を抱き上げながら、柔らかく微笑む。

『覚悟も想いの強さも、妾は感じていた』
「覚悟…」

それは紅蓮の記憶を封じる、と決めた時のことだろうか。

『――だが、そなたの本当の気持ちも分かっていた』
「っ、」

昌浩の心臓が嫌な音をたてて軋む。
本当の気持ち。それは心の奥底に隠した本当の願い。

『戻ってきて欲しかったのじゃろう…?』
「っ俺は……!」

自分で決めたことだった。だから誰かに言うのは違うと感じていた。弱音も愚痴も全部胸に押し込んで。

「昌浩…」

今にも泣き出しそうな顔の昌浩に、太陰は胸が痛くなる。
昌浩が苦しんでいることは分かっていた。悩んでいることも。それでも自分達は、どう手を差し伸べれば良いのか分からなくて。
苦しむその姿を見つめることしかできなかった。

『願いは何よりも大きな力になる。お前は願っていた。・・・そしてそこの男も』

驚いて顔を上げれば泣き出しそうな紅蓮の顔。一生懸命、無表情を装っているが眉尻は情けなく下がっている。

「どうして、お前は何度も・・・・・・・」

紅蓮は力なく垂れ下がった昌浩の手をぎゅっと握り締める。
どうしてお前は、どうしようもない俺のことを救おうとするのだろう。何度傷つけても、その度に俺を闇の底から救い出してくれる。

「騰蛇・・・・・・」
「・・・紅蓮だ。昌浩」

まるでいつかの日のような言葉。泣き出しそうな顔の紅蓮の顔を見ながら、昌浩は囁くように「紅蓮・・・」と呟く。
何度、願ったことだろう。何度、その姿を探しただろう。名前を叫びそうになっただろうか。
隣に居るのが当たり前で、これからも続いてくと思ってた日常。
それがあの瞬間に崩れ去って。

「紅蓮、」
「・・・・・・」
「俺の目になってくれるって言ったじゃないか」
「っ、」
「俺、紅蓮が居なきゃ駄目なんだ。紅蓮は俺が最高の陰陽師になるのを見届けるって言っただろう・・・?」

伸ばされた腕を紅蓮は力強く握り締める。
誓った。この子ども守り抜こうと。この子の歩む道を見つめようと。
――昌浩が望んでくれるのなら、側に居ようと。

「帰ろう・・・?紅蓮。彰子が待ってるんだ」
「・・・あぁ」

頷く紅蓮を見て、昌浩は嬉しそうに微笑んだ。
あぁ、お前は本当にどうして。
俺を見てそんなに嬉しそうに笑うんだ・・・。

『大事ならば、手を離す出ないぞ。後悔をしたのならばなおさら』
『もう迎えに行ってはあげられないからね』

鬼子母神は愛好をその腕に抱え、柔らかく微笑む。やがて二人は燐光を発しながら消えた。

紅蓮は気を失った昌浩の体を抱き上げる。腕に感じる温かさに、心の底から安堵した。
もう迷わない。もう見失わない。――絶対に。

立ち上がった紅蓮を見て、太陰が風を将来する。
神将たちは無言で都の安倍邸へと帰還した。
















夢は痛みと共に去る第十九弾です。
ここまで来ましたね!次回完結です!

引き伸ばしてここまでになってしまいました・・・。
管理人のリアル生活やパソコンの不具合なんかで何度もくじけそうになりましたが、やっと終わりそうです。

次の更新はなるべく早くにできるようにしますね。


これはフリー小説ですのでお持ち帰り自由です。

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