終わり亡き謡

□猫の話
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 これは束の間の話。

 つい先程、山本武は獄寺隼人と共に面白いモノを目にしたからだ。

 それは否定しようがないぐらいに。

 そこで少し揉めたわけで、それじゃあ詳しい人物に、ということで応接室のドアを開くことになった。
 目的の人物は暇そうに執務用のデスクに頬杖をついていた。その表情が一瞬だけ驚きに変わったのを確認しながら、山本は更にパイナップル頭の人物を確認した。

「あれ、骸も居るじゃん」

 六道骸は房を揺らしながら振り向いた彼は不機嫌そうに顔を歪める。

「全く…ボンゴレの関係者の所為か僕を邪魔するレーダーでも搭載済みのようで」
「丁度良かった。コレ邪魔だから放り出しておいて」
「風紀委員じゃねぇよ」

 山本達が判断を仰ぎにきた雲雀恭弥は「何?」と不機嫌そうに眉を寄せた。

「僕の部屋で一人以上いるなんて許されると思ってるの…?」
「それじゃあ、其処のパイナップル放り出せ! オレらはテメェに判断してもらおうと思って来ただけだ!」

 パイナップル、と呟いた骸の額に青筋が浮かぶ。
 獄寺はそんな彼をお構いなしに押しのけその後に山本は続いた。
 三叉を構えた骸をおっかねぇのなと笑って山本は切り出した。

「さっきさ、オレ達喋る猫を見たんだよ。あれって、猫又だよな?」
「違ぇって言ってんだろ! あれはケット・シーだ! 尻尾は一本だったろ!」

 切り出された内容に今まで仏頂面だった雲雀の表情が驚きへと一変した。
 雲雀は武術の面だけでなく、オカルト的な話にも詳しいのだ。

 山本は獄寺と共に玄関で掃除当番の綱吉を待っていた。
 すると学校の陰から待てーという声を聞いた。どうしたのか覗きに行ったが人は見当たらない。
 しかし、隙間に腕を突っ込んで何かをしている猫を発見したのだ。
 鼠を捕まえようとしているように見えたので、それぞれの感想を述べてその場を去ろうとしたその時だ。

 いい加減諦めて出て来るにゃん、ネズ公!

 と、猫が怒鳴ったのだ。

 隠れている鼠に、一喝したのである。

 その途端、山本は「猫又だ!」と叫び、獄寺は「ケット・シー?!」と声をひっくり返したのだ。
 二人の声に驚いて逃げられてしまったが、山本も獄寺も確かに猫が喋っているのを聞いていたのだ。

 そこで文化の違いから意見が分かれたのである。

 日本出身の山本は当然、日本の妖怪である『猫又』。
 外国出身の獄寺はケルト神話に出てくる『ケット・シー』と。

「そこで真相を追求すべく此処に来たわけだ。どうなんだよ」
「僕は歩く魔獣辞典になった覚えは無いんだけど―――まぁいいや」

 雲雀が口元に浮かべた笑みから、楽しそうにしているのが伺えた。

「尻尾が一本だったって事は、『猫又』ではないね」
「ほら見ろ!」


 はしゃぐ獄寺を余所に雲雀は更にこう続けた。

「これは一般人がよくする『間違い』だ。『猫又』ではないけれど、『化け猫』だね」
「はぁ?!」「お?」

 獄寺は驚愕を示す山本が顔を上げる。

「ちょっと待て! 猫又も化け猫も一緒じゃ…」
「違うよ。『猫又』と『化け猫』は別の妖怪だ。元は同じ猫だから混同視されてしまっているけどね。
 猫又は尻尾が二つに分かれているから『猫又』。
 でも『化け猫』は尻尾が一本で恨んでいる人間の元へ人に化けて出るといわれている。普段は猫の姿だけど」

 少し外れだったね、と雲雀が上機嫌に笑った。
 するとお待ちなさいと骸が雲雀と向き合っている間と話に、文字通り横やりを入れてきた。
 不満そうに骸を睨みやる雲雀と獄寺を余所にどうかしたのか問い掛ければ、骸は満足気に三叉を納める。

「その猫、瞳の色は? 胸の付近に白い斑点は?」
「えーっと…瞳は緑だったか?」
「あぁ多分…でも、胸の辺りは遠くで分からなかったのな」
「そうですか。ですが瞳が緑色なら『ケット・シー』であってもおかしくは無いですね」

 骸はクスクス笑うと、ひらりと掌を広げた。

「ケットは『猫』。シー『妖精』の意味を持っています。ケット・シーは妖精の証とされる胸の白い斑点に緑の瞳を持っていて、普段は努めて猫を演じているので見分けがつかないんですよ」

 少し悔しそうな面持ちを浮かべている獄寺の横で、ほーっと彼の博識さに山本は頷いた。
 しかし苛っとした雲雀が骸を睨みつける。

「何言ってるの、化け猫だよ。此処は日本だ」
「ですが、今はグローバル社会です。ヨーロッパから渡ってきていても否定できないでしょう? 緑色の瞳である以上はケット・シーかもしれませんよ?」
「いいや。絶対、化け猫だよ」

 じとっと睨み上げる雲雀。

「ですから、ケット・シーです」

 睨み返す骸。

 結局どちらか分からないまま小難しい話が雲雀と骸の間で繰り広げられる。
 かちゃりと静かにドアの開く音がして振り向くと、掃除当番を終えた綱吉が山本達を見つけて顔を明るくする。

「待たせてごめん。帰ろ…―――」
「待って」
「待って下さい」

 突然、雲雀と骸が振り向いてきて綱吉を呼び止める。
 二人はその後、山本と獄寺を押し飛ばして綱吉に駆け寄って行った。
 ひぃっと小さい悲鳴を上げた綱吉は、鞄を抱きすくめて二人を見上げた。

「おおお、オレ! 何か悪い事しましたか?!」
「ねぇ。喋る猫を君の仲間が見たって言うんだけど、絶対化け猫だよね?」
「はい…?」
「いいえ。緑色の瞳をしていたのでケット・シーですよね?」
「あの…二人の話の意図がよく見えないんだけど…」

 泣き出しそうな綱吉に雲雀が粗方説明を済ませると、再び二人は綱吉にずいっと顔を近づけた。

「どっちだと思う?」
「どっちだと思いますか?」

 獄寺がケット・シーですよねと問いかけに行ったその後ろで、山本は頭をポリポリ掻いて見守る。
 あの、その、と言葉を詰まらせていた綱吉は困った顔を少し俯かせ、上目遣いで顔を上げた。


「どっちでも良くありません?」


 そうかも。

 気になって来てみたけれど、今はどっちでも良い気がする。
 しかし、それでは気に食わない雲雀にはぶん殴られそうになり、骸には串刺しにされそうになる。それを止めに獄寺が突っ込んでいく。綱吉は自分の身を死守する為にとうとう逃走を図った。
 それを追い掛けて四人が応接室から去っていく。
 バタバタと足音が遠ざかって、置いてきぼりを食った山本は再び頭をポリポリと掻いた。

「置いていかれちまったなー」

にゃーお。

 後ろから聞こえてきた猫の鳴き声に振り返る。
 開いた窓枠に立って、緑色の瞳を鮮やかに光らせる。
 ゆらゆらと尻尾を振って。
 口が滑らかに動いた。





「お久し振りにゃん、武」
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