相討ちLOVER

□8月
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『あっづ、死ぬ、暑い』

「そんなこと言ったって涼しくなるわけじゃないよ、このお馬鹿」

『うちの学校クーラーないよね、ありえない。完備しよう、会長の力行使して』

「あのね。俺は君の願いを叶えるためにこの役職に就いてるわけじゃないから。人望と履歴書のためだから」

『……それもどうかと思う』

「しかもお願いって態度じゃないよそれ。もっと謙るなり媚びるなりできないの」

『…………お・ね・が・いっ!』

「きも」

『うん、思った』


屋上は、意外にも隠れた避暑地だった。人工の緑が植えられ直射日光を遮り、風通しもいい。それでも気温の高さは揺るがないため、私はひたすら暑い暑いとわめいている。

校内は、もうじき訪れる体育祭や文化祭などの催し物に心踊らせてか、この殺人的暑さにも関わらず沸き立っていた。ますます暑い。ただでさえ生徒会は行事の企画運営でてんてこ舞いだというのに、これにはさすがのトランクスも以前よりお疲れのようだった。態度には出てないけど、顔つきが少し弱々しい気がする。


『……トランクス』

「何?」

『私のアイス半分、あげよっか』

「アイスって、その君の食べかけのアイス?何、おなかいっぱいになったの?」

『ちがうし!ほら、トランクス大変そうじゃない。疲れてる顔してるし。だから元気の出る食べ物を』

「大丈夫だから。大したことないし」

『遠慮しないでよ、あげる。ほらほら』

「いいよ別に。君の好きなアイスだろう」

『お裾分け!元気出るよ』

「……はあ」


面倒くさそうなため息を吐いて、トランクスはゆっくり手を伸ばしてきた。しかしその手は私の握るカップアイスではなく、私の肩に添えられる。

(あ?なに?)

ハテナを浮かべる私に、トランクスは応えることもなく静かに顔を近付けてきて、口を開く。恐ろしい呪詛でも囁かれるんじゃないかと構えた。だけど。

(……はあ?)

そいつはそのまま私の口の右端にパクリと食い付いてきた。唇とも頬とも言えない絶妙な箇所をするりと舐められ、思わず手からカップアイスが抜け落ちる。スコンッと軽快な音が屋上に響いた。

すぐに、ちゅっと音を立てて離れたトランクスは、おそらくそこについていたクリームの味に顔をしかめて元の位置に座り直し、呆然とする私を無視したままスポーツドリンクを飲み始める。


「……甘っ」

『な、とっ、突然何すんの!』

「俺はそんな甘いもの半分もいらないよ。でも君の安直で単純な、即席のお心遣いは有り難く頂いておこうと思って。あと一応、お礼のつもりでもあったんだけど」

『さっきのが、お礼って!』

「それに紳士な俺はちゃんと正式な場所を避けて口づけた」

『く、くちづっ……』

「何、いつまでそんな真っ赤になってんの。あ、君って結構ウブなんだ?」


にやーっとムカつく笑顔を見せたトランクスに、私はもう何も言い返せなかった。自分がひどく真っ赤な顔になっているのは間違いない、これ以上顔を合わせてらんなくなって、私はぐるりと身を翻して静かに向こうを向いた。しばらくは嫌な態度とり続けてやっからね!


「………名無し」

『何よ、突然あんなことしてきて、謝っても許さ……うわっ、何?』

「俺のカーディガン貸してあげる」

『は?……何故』

「上着持ってないんでしょ」

『うん。今日は着てきてないよ』

「だったら。ほら早く、着れば」


バサッと投げつけられたグレーのカーディガン。寒いわけでもないのに、いきなり。さっきまでの出来事を忘れるほど不可解。思わず表情で訴えると、トランクスは眉をひそめて視線をそらした。


「……下着、後ろ透けてるから」

『へえっ!?ま、まじか』

「一応さ、君、俺の彼女でしょう。そういう男の目を引くようなことは、なるべく避けてくれない?」

『ご、ごめん。ありがとう。着させていただきます』

「水玉のブラは嫌いじゃないけどね」

『あっ、ほんと?これ私のお気に入……くっそ、しっかり見られた!』


慌ててカーディガンに腕を通すと、やっぱり少し大きい。あと手触り最高、さすがお金持ちだね。
いけ好かないトランクスに世話を焼かれるのは悔しくて、どこかくすぐったい。あと、ただのストレス解消用のサンドバックに使われてるだけって思ってたけど、なんだかんだで心配してくれたりお礼だなんていってキス(?)してきたり、とりあえずしっかり人間扱いしていただけるのはまずまず嬉しいかな。
トランクス自身、もともと面倒見はいいんだろうけど。性格の悪さだけがもったいない。


『なんか』

「何」

『トランクスってお母さんみたいだね』

「彼氏だけど」

『あ、でも見下してくるとこは年の近いお兄ちゃんって感じかな』

「だから、彼氏だけど」


眉をしかめたトランクスを流しながら、先程落としたカップアイスを拾う。中身は無事みたいだから溶ける前に食べなきゃ。

柔らかくなったアイスを食べ始めた私を見て、トランクスは「甘いよね?」と意味深に笑うから、思わずさっきの出来事が頭をよぎる。真っ赤になった私の顔を見てもこいつはますます図に乗るんだろうなと思い、大慌ててで腕で顔を隠した。


『あ』

「……何?」

『このカーディガン、めっちゃトランクスの匂いする。すんすん……』

「当たり前だろ、俺のなんだから。え、ちょっと何なの君……キモいからそういうことするな、嗅ぐな」

『……すん。これ着てると、まるで……』

「まるで俺に抱き締められてるみたい?」

『まるでトランクスに常に拘束され見張られあざ笑われている感覚に陥りそう』

「へえ。君ってそんな趣味があったの?アブノーマルだね、貧乳のくせに生意気」

『お前……』


そうこうしている間にアイスは固形ではなくなっていて、昼休みも終わろうとしている。
私にとって苦痛の時間でしかなかった昼休みが、最近はあっという間に過ぎ去る小一時間になっていた。まったく興味もなかった、避けてすらいた人間の側面を、ひとつひとつ覗き込んで知っていくことは勇気がいるけど。


「何ニヤニヤしてるの?暑さで頭でも沸いた?」

『…………そうかもしれないなあ』


こんなこと思うのは、この八月のひどい暑さのせいだと思いたい。涼しくなってきたら、正気に戻れるといいんだけどな。









太陽に灼かれる月



一緒にいて、楽しいなんてね。



続.


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