相討ちLOVER

□10月
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「好きです、トランクス先輩……!」

『(おわーーー!)』


放課後。図書室から出てすぐの曲がり角の向こうから、ふたつの気配と可愛らしい潤んだ声。おそらく女子生徒さん(以下モブ子さん)にとっては一世一代の、トランクスにとっては日常茶飯事の告白タイムだ。体育祭も文化祭も終わったってのに、前よりも告白の頻度がすごいことになってる。友人いわく、「聖なる夜に向けて女子達が動き出しているのよ」だそう。


「入学式の日、先輩に道案内してもらって、優しい先輩だなって……」

「ああ、君はあのときの」


や、優しい先輩……トランクスにとっては自分の株を上げるための偽善行為だったかもしれないが、それにときめき告白まで至ったモブ子さん。

このまま遠回りして教室に戻ってもいいんだけど、どうも気になる。
か、仮とはいえ恋人な訳だし?それにトランクスの反応にも興味あるし。いつもどうやって告白へ受け答えしてるのかなあ。

いけないことと分かりながらそっと角から様子を覗き込んでみると、顔を真っ赤にした可憐な少女を、綺麗な眉を下げ労るように見つめるトランクスの姿が。もちろん今は仏モード。


「俺は当たり前のことをしただけです。それなのに、そんな風に想っていてくれてたなんて……嬉しいです。君はとても綺麗な心を持っているんですね」


トテモキレイナココロヲモッテイルンデスネ。端から見たら今の台詞は完全にトランクスの本音で、言われた方だってますますときめいてしまうだろう。故に、演技と分かっている私からしたら物凄く冷たく悲しい台詞だ。


「気持ちは嬉しいけど……俺にはお付き合いしてる女性がいるんだ。だから、すみません」


ここで(おそらく)私の話が飛び出たので少しびっくりした。なるほど、ここで私を使うのね。さては面倒くさい告白の対処にも利用しようと、初めから企んでいたな。こうして私に敵意を向ける女子が増えていくのね、トホホ。


「お付き合いしてる女性、ですか」

「うん。だから、君の気持ちには答えられないんだ」

「たしか、名無し先輩……ですよね?」


名前まで登場。どうやらすでに、私はブラックリスト加盟を果たしているらしい。先輩だけじゃなく後輩にも情報が行ってるって、逃げ場なくない……?
一層落ち込む私を余所に、彼女の話はまだまだ続く。


「どうしてですか?トランクス先輩ほどの……頭もよくてルックスも抜群で、大きな企業の跡取りで……そんな方の恋人が、何であの人なんですか?正直相応しくないと思います」

「…………」

「大した家柄の人でもないし、絶世の美人ってわけでもない。どこにでもいる平凡な人じゃないですか。トランクス先輩は、もっと素敵な人とお付き合いすべきです」


言われ放題。゙相応しくない゙か……まあトランクスにとってはもともと本気の交際じゃないのだから、気にすることもないんだけどさ。実際本人からも散々言われてるし。耳タコだし。自覚あるし。

(……でもさでもさ、見ず知らずの女の子から陰でボロクソ言われるのって、普通に凹むでしょ……)

トランクスはモブ子さんのこのアドバイスにどうコメントするんだろう。もしかしたら「それもそうだね」って、私とのお付き合い(仮)を取り止めようって、思うかも。

(そうならこっちだって清々するもん)

そんな強気なことを考えてるのに、彼女に言われたことが変に心を引っ掻いていて、気付いたら私の視界はぼんやり滲んでいた。鼻からも水っぽい音。
何で出てくるんですか、鼻水とか涙とか。

(何でよ何でよ。何で私が泣かなきゃならんの。私は何もしてない、巻き込まれただけだい)

傷付いたんだと思う。モブ子さんの言葉。それから、苦手だったのにすっかり仲良くなったトランクスから、もしかしたら用無し宣言されてしまうかもしれない未来が頭を占めていて。

私、清々するどころか寂しいんじゃないかな、これ。溢れそうな涙をぎゅっと拭い、会話に耳を傾ける。そろそろトランクスのお答えが出される頃だろう。

すました耳に入ってきたのは、私の予想に反して、先程までの柔らかい色とは違うトランクスの声。


「何で君に、そんなことを言われなきゃならないんですか?」

「え?」

『(え?)』


それは、私に対する横暴で強気な態度と、みんなに振り撒く優美な態度の、ちょうど中間あたりの印象を受けた。仏だけど悪魔の尻尾とか羽がチラチラ見えてる、そんな感じ。いつものトランクスなら惜しみ無く振り撒く愛想が、今は欠如しているよう。
直感だけど、たぶんトランクスは結構怒ってる。


「君なんかより、彼女の方がよっぽど魅力的な女性だよ?上部で人を評価する低俗や君とは、比べ物にならない」

「……!わ、私そんなつもりじゃ」

「俺に彼女がいると知ってて告白ってことは、自分に自信あったんだろうけど。それ思い込み激しすぎじゃないかな。悪いけど、君の気持ちには答えられない。ごめんね」


全ぐごめんね゙って態度じゃない。このときの彼の言葉には、棘しかなかった。けれどその声色は私が知るいつもの彼で、妙に落ち着く。そして表面上とはいえ私を掩護してくれた。どんなときも猫かぶってて、優しい優等生キャラを崩さないトランクスが、あんな可愛い子に、あんなドスのきいた低い声で、あんな言葉を吐いてくれるなんて。

よくわからない、多分嫌ではない感情が込み上げてきて、また涙腺を緩ませる。曲がり角の向こうではモブ子さんが泣きながら走り去っていく音がして、続いてトランクスのため息。疲労困憊といった様子だ。

(…………終わった、のか?)

それからさらに、一呼吸後。ツカツカという足音がこちらに向かってくる。今さら走り出しても間に合わないだろうから、とりあえず涙だけはしっかり拭って彼を待ち構えた。盗み聞きなんてしたのだから、謝らないといけないし。


「あれ」

『……ど、どうも』


曲がり角の向こうにいた私を見つけたトランクスは、一瞬驚いた顔をして口を開く。


「聞いてたの?」

『ごめんなさい』

「別に。いつものことだし……それより」


スッとのびてきた手にびっくりして目を瞑ると、その長い指が私の目元をトンと叩いてきた。何事かと目を開くと、綺麗なブルーの瞳に私が映っている。目は口ほどに何とか、って言うけど、だったらこいつの目はもっとどす黒い色でも可笑しくないはずだよなあ。
口にしたら締め上げられそうなことを考えながらその青を見つめ返すと、トランクスは顔を近付けてきて口を開いた。


「……泣いたりした?」

『!……な、泣いてな』

「目が赤いし、二重が変になってる」


そのまま目元を優しく指でなぞられ、くすぐったくて思わずまた強く目を瞑る。たぶん、変な顔になってるんだろうな。恥ずかしくて少し俯くと、瞼にチュッと軽くキスを落とされ、ティッシュを無理矢理押し付けられた。


「ティッシュ、あげるよ。鼻かめば」

『すん。あり、がとう』


ありがたく頂いたティッシュを鼻にあてると、一連の出来事が頭を駆け巡った。トランクスの気まぐれに振り回されて、知らない子に本来言われることもなかった悪口を言われて、傷付いて泣いて。私ってなんだか不憫だな。それでも妙に清々しいのはさっきの、トランクスの最後の一撃のおかげ。


『トランクス』

「うん?」

『ありがとう。嘘でも、救われた……から』


さっきの言葉のことね。不思議と傷心がスッと癒えたんだ、あの子には少し気の毒だったけど。
トランクスは、私が何のことを言ってるかすぐ分かったみたいで、ああ、と軽く答える。


「嘘じゃないさ。ちゃんと本音だよ」

『本音?』

「さすがに都合がいいって理由だけで君を恋人にはしないよ。君となら、と思って隣に置いてるんだ」

『……へ』

「自覚はないだろうけど、名無しは魅力的だよ……並よりは、ね。俺が興味わくくらいなんだから。あんなつまらない女の僻み、真に受けて傷付くな」


私が泣くほど傷付いたせいか、ただの気まぐれか。トランクスは淡々と、それでいて優しく私に言葉をかけ続けている。その声色から嘘は言ってるようには聞こえなくて、ひとつひとつ全部が嬉しい。こんな珍事って。


「俺なりに、君の良さはわかっているつもりなんだ。だから他人にどうこう言われようと、名無しを手離す気はないよ」


俺の気がすむまではね、と怪しい笑みを浮かべるトランクス。今はその悪魔の微笑みですら、私を安心させてくれる。そうか、トランクスはそういう人だったね。他人にどう言われようと意思を貫く自分至上主義者で、私なんかに興味を持つ変わり者で。揺るがない彼に、私はいつのまにか……信頼というか、そういう類いの感情を少しばかり抱いていたのだ。


『ふ』

「何笑ってんの」

『ふっひひ』

「早くその不細工な泣きっ面直してよ、ほら。今日は特別に家まで送ってあげる」

『ふふ、なんで』

「一応君は女の子。泣いてる子をほったらかしにするわけにもいかないだろ」

『うん、ぐす。あり、がと』

「……どっか寄って帰ろうか?」

『ぐすん……ぱふぇ、食べたい』

「…………今日だけだからね、こんなの」

『ん、ありがと、ありがとう』








色彩移り変わる月




「(はあ。俺らしくないな)」

『チョコバナナパフェがいいな』

「好きにすれば」




続.


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