white flag
□延長戦突入!!
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買い物。
歩きやすい服装が好ましいけど…だからと言って、あまりにも見た目にこだわらないラフな格好は厳禁だ。なんせ隣を歩くのは世界的に名高い大企業の御曹司。粗末な格好の女性を連れていたとなれば、彼もよくない印象を受けてしまう。
ということで多少ヒラヒラしてしまうものの、お気に入りの桜色したチュニックを急いで身につけ、自室を出た。
廊下に出たとたん、ダイニングの方から食欲を刺激するいい匂いが漂ってきて、やっと私は空腹を実感する。
控えめに扉に近寄り開くと、綺麗な食卓がそこにあった。
「遅いよ名無し」
『……トランクスくんが作ったの?』
「え?うん、そうだけど」
『なんか、すごく美味しそう』
「美味しそう、じゃない。美味しい。こういう簡単なものしか作れないけど」
『へぇ、でもうらやましい。私作ると、何だか不格好になっちゃうんだもん…』
…不味くはないんだけどなぁ。でも料理の見た目って、食前の空腹を掻き立てるもので、けっこう大事だったりするんだよね。
まあ私の残念な料理伝はおいておいて…素早く席につこうと椅子に駆け寄る。が、椅子に座る際にチュニックのフリルが地味に邪魔をして、私はやや不満げにしわを気にしながら腰かける。すると、向かいで椅子を引いていた彼がその手を止め、静かに口を開いた。
「その服」
『ん?』
「可愛い」
『へっ』
「似合ってる」
『ど、どうも…』
「脱がすのがもったいない」
『…脱がさないでください』
率直に誉められついデレっとしてしまう私に、間髪を容れず飛ばされる可笑しな言葉………油断するとすぐこれだ。
不満げに顔を上げると、藍色のTシャツに締まったパンツという実にシンプルな服装が目に止まった。悔しいが、生まれながらにして彼はどんなものでもファッショナブルに着こなせるという、何とも羨ましい容姿の持ち主。
「トランクスくんは…カッコいいしスタイルいいし、なに着ても似合いそうだよねー」
「似合いそう、じゃないよ。似合うの」
『もー…わかったから』
自他共に認める、容姿端麗なこの青年。改めてまじまじと見れば、まあその性格や態度は別として、やはり非の打ち所のない人材である。
(パーカーとかもふつーに似合いそうだなー……あっ、ワイシャツとか着ちゃったら、女の子がすごい喜びそう)
ひとたび町を歩こうものなら、おそらく女性陣の視線は独占間違いなし、だろう。このくらいシンプルな格好をしてくれなければ、横を歩くこちらとしても困るというもの。彼が外見にこだわり、めかし込むタイプの人間でなくてよかったと、つくづく思う。
そんなトランクスくんが手を合わせ"いただきます"のポーズをとったので、私もあとに続き両手を合わせて姿勢を正した。
「じゃあ、いただきます」
『うん、いただきまーす』
「……で、今日のデート。何から見たい?」
『デートなの?』
「デートだよ、歴としたデート。男女が二人で街に出て買い物なんて、デート以外の何物でもない」
『あぁ、そうですか…えーとね…特に見たいものは決まってないんだ。だからショッピングモールとか適当に歩きたい、かなー…』
「なるほど、いいよ。そういうの俺も好き」
賛同してくれた彼は、これまた女の子が卒倒しそうなほど綺麗で色気を帯びた微笑みを浮かべ、皿の上の野菜を一口ぱくりと頬張った。どうやら作り笑顔ではなさそうなその魅惑のスマイル…うん、彼の性格を知らない人なら、きっとイチコロだろうなぁ。もちろん私とて、まったく平気なわけではない。ドキッとする程度で済むのは…彼の意地の悪さや人をおちょくる態度、言動…その他もろもろをこの身で熟知しているからだ。まだ再会してたったの2日といったところだが、十分、痛感した。
まあそれはさておき、目の前のおいしそうな食事を冷ましてしまうのも勿体ないと、彼に続いてサラダを口に突っ込む。
そして…あまりの美味しさに一瞬、手も口も瞬きも止まってしまった。
サラダなんて野菜切って盛りつけて出来上がり!!…な簡単な料理であると思っていたが、このサラダはそんな考えを覆す。
それぞれ材料の量バランスや、手作りされたらしい何らかの野菜の果肉入りドレッシングが、このサラダのレベルの高さを実現させている。とにかく感嘆の言葉しか出てこない。
『おいひい…』
「どーも」
『……すごい、美味しいよ』
「………口のはしにソース付いてるけど」
『あ、ほんと?』
「取ったげようか?」
『いやっ、じっ自分で取る!!大丈夫!!身を乗り出すなっ』
…そしてまた、そんな人の感動を遮る彼の不可解かつ少々破廉恥な言動。このパターンの会話が日常茶飯になるのか。
そんなことを思いながら、引き続き美味しいサラダを頬張った。
(…何にしても、この人ほんとに完璧だな。)
ほんと憎たらしい、と綺麗な目玉焼きにスプーンをズイッと差し込んでやった。
あ、私好みの半熟目玉焼き……何なんだこの人、すごいとかのレベルじゃない。
そのままスプーンで綺麗な黄色をすくって口元に持っていき、ちゅうと吸うと、黄身の濃い味が舌に乗っかった。
(美味しすぎる)
そんな幸せを絶賛堪能中の私をまじまじと見つめ始めた神の作りし産物、トランクスくん。どうかしたのか、ポカンと口を開け唸り始めた。
「……ぅわ〜」
『ん?』
「……………その目玉焼きになりたい。ちゅ〜ってされたいなぁ。」
『ふぐっ!!』
もうほんとにわかんない!!
変人と一言に言い切るには物足りない、複雑な異質さを持った彼の言動。いつか慣れる日がくるのだろうか…可能性は薄いなぁ。
そして時間は着々と過ぎ、私が美味なる朝食を平らげるころにはトランクスくんはもう他の洗い物まで済ませていて、出掛ける身支度も済んでいた。
申し訳ないことに彼は私の分の食器の片付けを引き受けてくれて、その間私は超特急でダイニングと自室を行き来し出発の準備をする。
『よ、し。忘れ物は…ない』
最終チェックを終わらせてダイニングに走ると、トランクスくんはソファでうとうとしていた。
(うわ…寝顔も綺麗…。何だかこの顔は昔と変わんないな。可愛くて純真無垢に見えちゃう。…ずるいなぁ、詐欺だ詐欺。)
「………名無し変なこと考えてる?」
『わ、起きてた』
「今起きた。もう準備できたの?」
『うっうん、待たせてごめんなさい』
「気にしない。じゃあ行くか」
立ち上がったトランクスくんを確認し、そのまま回れ右してドアの方に歩み寄る。
何かいい買い物が出来るといいなぁなんてフワフワ考えながらドアを開けようとした瞬間、後ろから「あ」と声が聞こえ彼の足音も止まる。
何事かと後ろを振り返ると、物凄い真っ直ぐこちらを凝視するトランクスくんと目があった。
『…………どうしたの?』
「名無し」
『な……なに?』
「ブラジャーちゃんと着けた?」
『………は!!?…も、もうそのネタいいから!!』
朝っぱらから何発落とされたかわからない爆弾をまたもや投下され、本日の体力はもう底を尽きた。
そんなヒットポイントゼロな私に更なる追い打ち。
ガシッと私の両腕を捉えると、トランクスくんはニマーッと笑って壁に追い込んできた。
『え、ちょっと』
何やら怪しい雲行き。明らかに素敵なスマイルじゃありません。ひどい邪悪さで溢れていて、本能的に脳が"逃走"という信号を発信している…けど、もちろん不可能。
『と…トランクスくん、あの、何かなこの展開は…、よくわからないんですが』
「質問に答えて、ブラジャー着けた?」
『わぁあっ、それ以上力入れないでーっ!!』
こっこれ、さっきの寝起きファイトと同じ体制じゃないですかね?
延長戦突入!!
(つ、着けたに決まってるでしょ…)
(確かめてあげる)
(いいから!!……って、待って待って、ちょっとトランクスくんこっち来るなーっ)
(もう、謙虚だな名無しって。)
続.