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□病人なんだってば
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「いいか?せーのでいくぞ」
『わかった』
「…心の準備は」
『うん、大丈夫だよ』
「よし、じゃあ…」
『「…せーのっ」』
声をそろえ、俺と名無しは書類を開いた。真っ白な紙上に印刷された二つの文字を見て目を見開いたのは、ふたり同時。
『!!………と、トランクス、くん…!』
「…やった、名無し」
『合、格…!!やったぁ…ブルマさんたちに、も、早く…知らせな…はぁあ』
「え、ちょっと、名無し?」
力なく後方によろめき座り込んでしまった名無しの顔は真っ赤で、どうやら喜びで目眩を起こしたわけではないらしい。慌てて駆け寄り額に手を当てると、案の定。
「……あつ」
『トランクスくん…あたま、いたい』
「…はあ」
***************
「でね。せっかく合格決めたっていうのに、寝込んじゃったのよ」
「ええっ、大丈夫なんですか?」
「お医者様にも見せたし、薬も飲んだから大丈夫よ。しばらく気張っちゃってたから仕方ないわね。悟飯くんにありがとうって言ってたわよ」
「いえ僕は何も。おめでとうございますと、伝えてください。それから、お大事にって」
「はいはあい」
体温計を取りにリビングに入ると、母さんが電話で名無しのことを話していた。おそらく相手は悟飯さんだ。
母さんは俺が来たことに気付くと、電話口の向こうに軽くあいさつし、受話器を置いた。
「名無しちゃんどう?ひどくなってない?」
「今のところは、特に。体が熱いだけで、苦しそうではない」
「そう、良かった」
あのあとすぐに名無しを寝かせ母さんにこの事態を報告すると、合格祝いのケーキや料理を作ろうと意気込んでいた彼女は少し残念そうに笑った。
だれかが体調を崩すなんてめったにないこの一家で育ったため、病人なんてものに狼狽える俺に対し、゙こうなる気はしてだといった表情を浮かべ氷のうを渡してきた母さんは、さすがだと思う。
「……がんばりすぎちゃったのね」
「だね」
「でもよかったわ、合格して。あんたも嬉しいでしょ、一緒に学校行けるの」
「もう昇天しそうだったよ、合格通知200回くらい見直した。あと記念にたくさん刷ったし、ラミネート加工して下敷きも作ったよ」
「それはどうかと思うわ……じゃあ仕事に戻るから、名無しちゃんのこと任せるわね。手え出しちゃダメよ」
「それは保証できな……いてっ」
「人様の家の娘さんなんだからね?」
「……はーい…」
叩かれてジンと痛む額をさすりながら部屋に戻ると、名無しは相変わらず真っ赤な顔で布団にくるまっていた。
ぱたん、とドアを閉め近づくと、名無しは少し上体を起こしこちらに視線を向け、ぺこりと頭を下げる。どうやらこの事態をかなり申し訳なく思っているらしい。
ベッドに腰掛け、彼女の額に手を当ててみるが、やはりまだ熱い。
「…さすがにすぐは下がらないよな。何か欲しいものとかある?喉乾いてない?」
『と、特には…。あの、ごめんなさい…迷惑かけっぱなしで…』
「迷惑なんかじゃないよ。頑張りすぎて熱出しちゃうなんて、本当名無しらしいよね。編入まではしばらくあるから、今はゆっくり休んで」
『ん……ありがとう』
やっぱりいつもより元気がない、覚束ないしゃべり方だ。ゆっくり身体を倒してやり、顔の汗を濡れタオルでそっと拭くと、名無しは気持ち良さそうに口元を綻ばせた。しかも目はトロンとしてて…すごく可愛い。
(……病人…なんだから、あんまりこういう目で見ちゃダメだろう)
そう思いながらも、視線はなかなか反らせない。しばらく無言で見とれていると、とうとう、ぱちと目が合ってしまった。名無しは熱で寝込んでいるというのに、こんな不謹慎なことを考えていたためバツが悪く、微笑んで誤魔化しても心が落ち着かない。
しかし、名無しは特に気にしたようすもなくヘニャリと力なく笑った。
いつものはにかむような笑顔も可愛いんだけど…この儚げな弱々しい笑顔もまた…って、おい俺、名無しは病人だってば。
『トランクスくん…』
「な、なに?」
『………ありがとう。合格のこと…トランクスくんのおかげで…頑張れたから』
「……そんなの」
俺の方こそ。名無しの頑張ってる姿にはいつも元気付けられていたし、みんなもその姿を見て、応援しようと思ったんだ。名無しの力で勝ち取った合格なんだよ。
「…これで、俺たち一緒に勉強できるな」
『楽しみ…オレンジスターみたいな、自由な校風の共学校…初めてなんだ』
「前の学校は女子校だったのか」
『うん。中高一貫の。厳しかったし、制服だったし。だからオレンジスター初めてみたとき驚いた…』
「……女子校…か、悟天喜びそう」
『ふふ、なにそれ…』
いつもより力ないが楽しそうに笑う名無しを見る限り、すぐに起き上がれるようになるだろうと、ホッと胸を撫で下ろす。
あと数週間もすれば、一緒に登校し授業を受けることになるのだ。もれなく悟天も大騒ぎするだろうが、学校生活がより楽しくなることは間違いない。彼女本人に負けないほど、俺もこの編入に心踊らせていた。
(……24時間一緒にいられるんだからな)
名無しの行動範囲をカプセルコーポに留めている限り余計な心配事は増えなくて済むのだが、学生である自分の立場上、それでは共に行動する時間が限られてしまう。この編入により、晴れて四六時中いつでもどこでも彼女の隣にいられることが確定したわけだ。
細心の注意を払っていれば彼女にちょっかいをしかけようとする男も撃退できるだろうし、自分の手が空いていないときは悟天に任せれば心配ないだろう。
悶悶と新たな学園生活の計画を練りながら、名無しの柔らかそうな頬をタオルで撫でる。早く良くなりますようにと念を込めるのも忘れない。
「…早く治してね、名無し」
『うん、がんばりまーす』
「こら。頑張りすぎてこうなったんだろ」
『うーん……耳が痛いなあ…』
「……あ、そうだ。早く治るように、おまじないかけたげよっか?」
『おまじない?へええ、トランクスくんって意外に乙女チッ……って、近い!トランクスくん顔が近い!なにこれ!どういう状況!?』
「おまじないだってば。きっとちゅーしたら治るよ、名無し」
『嘘くさ!大丈夫ですから、ぜーんぜんピンピンしてる!だから結構ですっ』
「…名無し、顔真っ赤。照れてる?」
『きっと熱のせいだよ!』
火照って赤い頬とか、潤んだ目とか、汗ばんだ額とか。結構風邪って素敵なオプションを授けてくれるもんだから、名無しがいつもより可愛く、色っぽく見える。
どれくらいって、それは…どんな胡散臭い理由をつけてでも、キスしたくなるほど。ね。
病人なんだってば
(あー顔隠さないで。おでこかほっぺでいいから!これも名無しのためなんだ、きっと治るから!!決して他意は無いから!ちゅーさせて)
(む、むり、今汗かいてるからこれ以上近付かれたくないです!!)
(そんなこと気にしてんの?ほんっと……名無しって可愛いな…ますますちゅーしたくなった、早くその手どけて)
(トランクスくんのあほ、もっと労ってよ!)
続.