white flag

□怖くて素敵な場所
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今日は二者面談の日だった。二年生のこの時期を境にその頻度は増えていくらしく、三年生の中盤からは月一レベルで呼び出されるのだそう。受験生としての緊張感が湧いてくる話だ。



『ありがとうございました』

「気を付けて帰りなさい」



本来なら昼休みに行われているはずだったそれは前の人が長引いてしまったとかで、私に割り当てられていた時間は放課後に移行。不安は倍増したものの面談自体は何の問題もなく終了し、私は現在待たせている彼の元へ走っている真っ最中だ。

(……早めに終わった)

というのも、進路に関しては後日調査表を提出するように言われただけだったし、学校生活に関してはトランクスくんの名前を出した途端、"なら大丈夫だろう!!"と断言され終了してしまったからである。トランクスくんっていったい……。

ちなみにその彼が今時間を潰しているのは、ホームルームではなく生徒会室。彼が一人でいると必ずと言っていいほどの確率で女の子たちが寄ってきてしまうためである。それは彼にとって面倒なことらしいし、私も正直面白くない。そんな事態を避けるため、こういった場合トランクスくんは生徒会室に籠もるのが常だ。あそこならめったに人も訪ねてこないからね。

(……ふう、ふう……やっと着いた)

三階に辿り着くと、正面にはシンプルでお洒落な生徒会室のドア。階段を上りきる度思うんだけど……体力つけた方がいいな私。情けないことに、広くて階段も多いこの学校では息切れが常茶飯時だった。
そんなことを思いながら、息を整え乱れた髪を直し、ドアに手をのばす。



『………あっ』



その手がドアに触れる前に、嫌なことを思い出し声をあげてしまった。一ヶ月前の、あの出来事……ガチガチに緊張してて、でも引き下がるのも絶対に嫌で、話すこともまとまってなくて、押し付けるように伝えて、突き返されて。2月14日のことだ。

まさか終結したはずのいざこざに未だ足が竦んでしまうなんて。私の中では解決してるはずなんだけど、感情ってうまくコントロールできないんだな……俗にいうトラウマ、ってやつかもしれない。

でも、そんなこと言ったってトランクスくんに悲しい顔させるだけだろう。きっと時が解決してくれるんだと踏ん切り、手の震えを抑えてドアを引いた。



『……トランクスくん』

「っ名無し!!おかえり」

『あ、うん……』



顔を上げた彼と目があったその瞬間、脳裏に冷たい視線を投げてくるトランクスくんがちらついた。目の前の彼は、こんなにもあたたかい笑顔で私を迎えてくれたというのに。



『ま……待たせて、ごめん』

「ううん。お疲れ様、異様に早かったな」

『はは、うん。じゃあ、か、帰ろ』

「そうだな……って、名無し?」



なんとなく、この場所から早く立ち去りたかった。そのせいか早足で出口に向かってしまい、後ろの方で慌てるトランクスくんの声が聞こえる。



「あっ。……あのさ、名無し」


待って、と腕を引かれて、私の心臓はどきりと大きく跳ねた。大好きなトランクスくんの声と、この場所と、彼の手から伝わる体温と。いろいろな要素が混じり合って、妙に心がざわつく。



『な、に?』

「あの時のさ」

『……っえ?』

「名無しが俺に作ってくれた、チョコ」

『!!……バレンタイン、の……?』

「そう。愚かなことに、俺が受け取らなかったチョコ………あれ、あの後どうした?」



トランクスくんは、申し訳なさそうに私を見た。どうして急にあのときの話を?もしかしたら彼も、この場所を見て思い出したんだろうか。

(……あの後……)

本当は開けたくなかった一ヶ月前の記憶を、仕方なく振り返る。鮮明に思い出せるよ。
……ここでのやり取りの後、悟天くんと言葉を交わし、校舎を飛び出して帰り路についた。その間、ずっと手に持っていた、行き場を失った包み。見ているのも辛くなって顔を上げると、目線の先にあったのは学校近くの児童公園。誰もいない静かな、寂しい空間だった。



『か……帰り道の途中にある公園』

「うん、あるね」

『…………の、ゴミ箱に』

「……捨てた……?」

『うん、捨てちゃっ、た。……い、いらないって、言われたし……あっ』



ぽろ。
声が震えてると思ったら、いつの間にか涙が頬を伝っているじゃないか。思っていたよりあの出来事が私の心に深く根付いていることを思い知り、慌てて手のひらで顔を覆う。

私もかなり驚いたけど、目の前にいた彼も目を見開いて言葉を失っていた。突然泣き始めた私が、相当不可解だったにちがいない。



「名無し……!?」

『これは、ちがくて……な、何でもないの』

「ああ……ごめん、あんなこと掘り返して……泣かせるつもりはなかったんだ……名無し、俺まさか名無しがここまで……」

『ううん、もう大丈夫!!ただ、この場所』



正直、怖い。入室する前に納めたはずの震えが再び返ってきて、平静を装うどころか思わず本音をこぼしかけてしまった。ほんと、私って面倒くさい女だな、こんな空気にしたかったわけじゃないのに。

(と、トランクスくんも困ってるよ……)

これ以上彼のことを見ていたらもっと辛くなりそう。そんな私を見たら、トランクスくんもきっと嫌な思いをする。早くこの嫌な連鎖を止めなきゃと、私はトランクスくんに背を向けて必死に目元を擦った。早く止まってくれないかな、そう思った瞬間。



「名無しっ」

『きゃっ』



後ろから強く抱き締められた。ふわりと漂ったいい匂いと、背中越しに伝わる体温と鼓動、それから耳元で私の名前を囁いてくれる大好きな声。これらがまるで魔術のように、一瞬で私の涙を引っ込めさせてしまった。

そしてトランクスくんは、拘束されたまま動けない私の手に、何かを無理矢理握らせる。



「受け取ってくれる?」

『……これは……?』

「ホワイトデー。ちょっと早いけど」

『!!……私、あげてない』

「違う……俺が受け取らなかっただけ。名無しは心込めて作ってくれたんだろ。気持ちも、たくさんもらった」



そう言って彼は、私の額に唇をくっつけてきた。嬉しさと恥ずかしさが入り交じる感覚がくすぐったくて思わず目線を手元に落とすと、彼がくれた小箱に描かれたロゴが目に入った。
……あ、前に私が食べてみたいって話したスイーツ店の。



『これ……覚えててくれたんだね。ありがとうトランクスくん。すごく嬉しい』

「いや、俺の方こそ。あのとき名無し、勇気だして俺に歩み寄ってくれてありがとう」



それをここで伝えたかったんだ、そう呟いた彼の声が、また不思議な現象を起こした。あのときの恐怖や不安がふわりと揺らぎ、まるでじわじわと氷が溶けていくように別のものに変わっていく。それは怖い思い出には変わらないけど……それでも私にとって大切な出来事だったような気もしてきて。

そんな妙な感覚にぼんやりしていると、不意に体を解放された。最初に見えたのは、先程までの表情とは打って変わり、ニンマリ笑ったトランクスくん。



「あと名無し、これももらってください」

『……んっ』



毎回のことながら突然すぎる。トランクスくんからついでのように頂いたキスは、溶けかかっていたトラウマを完全に消し去ってしまった。むしろこの場所に、少し心地のよい胸の高鳴りすら感じる。さっきまで恐怖に泣いていたなんて嘘みたい。

こうやって彼が全部溶かしていってくれるなら、どんなことにでも怖れず立ち向かっていける気がする。あのとき、勇気だしてよかった。当たって砕けたけど、ほんとよかった。












怖くて素敵な場所




「名無し。他にも、別の店のスイーツとか服とか靴とかアクセサリーとか、いろいろ準備してあるから。後で一緒に開けようね」

『……あ、もしかして、トランクスくんの部屋の前に積んであった、あのプレゼントボックスの山ってまさか』

「全部、名無しへのホワイトデーだよ」

『……あ、ありがとうございます』




ED.


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