white flag

□もがけばもがくほど
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「俺と付き合ってほしい」

『……………へ?』



現在放課後。場所は二階と三階の間の踊り場、人気のない静かな場所。目の前で頭を下げているのは、私が最近入った委員会に所属している同学年の人。

付き合って。私の乏しい一般常識から導きだしたその意味は、男の子と女の子がお友だち以上の関係になるってこと。
でも、そんなばかな、私たち、少し話したことがある程度……だよね?



『す、すみません、確認していいですか。付き合うっていうのは……えっと、交際、という意味…ですか』

「そのつもりで言ったよ」

『えええ!!……な、なんで私なんか!!』



部活前なのかユニフォームを着ている彼。おそらくハンサムという部類の人間だろうし、何度か話したことはあるけど聡明で優しい印象を受けたのを覚えている。トランクスくんほどではないがモテるだろう。
そんな彼が、何故、私に。



「うん……もともと編入生って珍しかったから、気にはなってたんだ。あの難関の試験をパスしてきたわけだし、真面目でつまらない子なんだろうなって思ってたんだけど。でも何回か一緒に仕事して……君を魅力的に感じたんだ。笑ったとことか、一生懸命なとことか……すごく可愛くて」

『……え、っと……』

「あ、君は俺のこと何にも知らないだろうし、そんな対象で見ていないのも分かってる。でも、少しでも悩んでくれるなら、付き合ってみてほしい。好きになってもらえるよう頑張るから」

『……で、でも、私』



゙でも゙……?……私はこの後何を言おうとしているんだろう。

このお申し出を断る理由を、私は確かに持っているんだ。それは、目の前の彼と話している最中だと言うのに頭に浮かんでくる、別のあの人。これが、彼にイエスと言えない理由だった。

でも何でトランクスくんが出てくるの。これじゃ、まるで私。



「……好きな人が、いるんだ?」

『ええっ?!す、すきな、あの……』

「……はあ、君ってわかりやすいな。もしかして、あのトランクスって人?」

『は!?な、なな、何を……!!』

「やっぱりそうなんだ……一緒にいるとこ結構見るし。もしかして付き合ってる?」

『か、彼は……編入生の私の面倒を見てくれてるだけで……』

「それにしてはずっと一緒にいるよね。もともと知り合いか何かなんだろう?」

『……そ、そうですけど。つ、付き合ってるとか……そんなんじゃ、ないです……』

「でも君は好きなんだろう?顔が真っ赤だ。誰にも言わないから隠さなくてもいいよ。それとも単に、君が気付いてないだけ?」

『……わ、わたしは……』



淡々と気持ちを指摘され、もう何て返していいかわからない。だって否定なんて出来ないし、認めるにも決定的な自信がない。

口ごもっていると、彼はさらに距離を詰めてきて、優しくあやすような声で話し始める。



「…………やめときなよ、あの人は」

『……え?』

「住む世界が違うっていうか……彼と対等な男女の関係を築けるのは、極限られた人だけだ。名無しさん、きっと後悔するよ」



住む世界がちがう。

そうだ、一緒にいるせいでいつも忘れてしまう。私とトランクスくんはけっして対等ではない。彼の優しさがそれを忘れさせるんだ。

だからもし、仮に……この気持ちが恋だとしても、それは叶うことのない思いなわけで。つまり、好きだったとしても、それは残念な結果しか待ってないってことで……。

(叶わぬ恋……か)

でも、それがなんだ、私はトランクスくんの友だちなんだから関係ないはずだ。だからこんなのおかしいよ。

……何で、涙が出てくるの。



『……そう……ですよ、ね…』

「!?………名無しさん!?…ごめん、そんな…泣かせるつもりじゃ…」

『いえ。わかってたことなので……ただ、やっぱり改めて言われちゃうと……』



思い過ごしなんかじゃない。気のせいなんかじゃない。こんなに悲しいのが、この涙が証拠だ。決定的だよ。

そうか、私って、トランクスくんのこと。

いきなり泣き出した私に歩み寄って、手を握っでごめん゙と繰り返す目の前の彼。こんな状況でも、やっぱり私の頭はトランクスくんでいっぱいだった。

彼の言う通り、私があの人に向ける感情は、友だちに対するそれじゃなかった。でも、こんなんなら自分の気持ちに気付かず、一生友だちとして並んでいられればよかったのかもしれない。ううん、きっといつか気付いちゃうんだろうけど。気付かせてくれた彼を恨むしか出来ない。こんなに辛いなんて思わなかったから。

恋心に気付いた瞬間に、叶わないと告げられるなんて。



「……ごめん、俺、言い過ぎた」

『いえ、こちらこそ……すみま……』

「名無し!!」



出来れば今、一番会いたくない人の声。突然のことで、思わず涙も拭かずに声の方に顔を向けてしまう。三階から降りてきたのは、やっぱり、トランクスくんだった。

私と目が合った瞬間、トランクスくんはカッと顔を赤くし、視線を横にずらす。反射的にまずいと思った時にはもう、トランクスくんは、私の手を握っている彼に掴みかかっていた。



「痛っ……!!」

「………名無しに何したんだよ」

「な、ちが……いぃっ!!」

「違わないだろ。泣かせるようなことを…!」

『と、トランクスくん!!誤解だよ、お願いやめて、その手離して!!私なら大丈夫』

「………名無し」



慌てて腕にしがみつき、必死に止めに入ると、トランクスくんは腑に落ちない顔でしぶしぶその力を緩める。

これ以上ここにいさせちゃ駄目だと判断した私は、すばやくトランクスくんを押し退け、むせている彼に近付いていった。



「おい…!!名無し……」

『待って、トランクスくん。……あの、取り乱してしまって、ごめんなさい。……ちゃんと、考えておきますから。じゃあまた』



それだけ言い放って、急いでトランクスくんの腕を引いて階段を降りた。

(何て説明すれば、納得してもらえるんだ…)

後先考えずこんな行動に出てしまい、言い訳の検討もつかない。しばらくふたりは無言で廊下を進んでいたけど、我慢できなくなったのかトランクスくんは突然私をぐいっと引き寄せた。



『きゃっ』

「名無し、何されたんだ?話って?あいつ何?友達じゃないだろ?何があったか言って」

『お、同じ委員会の人。大丈夫だよ……何もなかったから』

「じゃあ何で泣いてたんだよ。無理矢理……迫られたんだろ?嫌なことされそうになって…こんなに泣いて…」

『ちがうよ。ただ、い、委員会のことで……言い争いみたいなのになって。私が勝手に、変に興奮しちゃっただけなんだ。心配してくれてありがとう』



薄々わかっている、トランクスくんには嘘は通用しないだろう。でもあんなこと言われて泣いただなんて言えるわけがない。だからこう言っておくしかなかった。

頑なに何もなかったと断言する私を、トランクスくんは突然、怒ったような目付きで睨んできた。今まで向けられたことのない冷たい目で。



「名無しは、あいつが好きなのか」

『えっ……な、何で、そうなるの……?』

「泣かされたっていうのに庇うんだもんな。……名無しは、本当に俺と一緒じゃなくてもよかったってわけか」

『どうしてそんなこと言うの?……違うよ、私はトランクスくんと一緒に』

「俺は、隠し事するようなやつとは、一緒にいたくないから」



ぴしゃりとそう言い放ち、トランクスくんはもう私を見なかった。背を向け、さっさと廊下を進んでいってしまう彼を、ただ呆然と見つめることしか出来ない私。端から見ても、相当情けなかったと思う。













もがけばもがくほど




また距離が開いてしまった。


続.


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