white flag

□20時40分:けつい
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暗い夜空、風を切る俺の頭の中は、名無しでいっぱいだった。

今、どこにいる?
直感的に、部屋にはいないだろうと思った。そしてあることを思い出す。小さかった頃……嫌なことがあったとき、寂しいとき、悩みがあるとき……名無しは、そんなとき、いつも、あそこで風に当たっていたんだ。

(……バルコニーだ)

そのままバルコニーに直行し、静かに降り立つと、隅に人影が見える。手すりに手を置き、空をぼんやり眺めている名無し。後ろ姿、こんなに細くて、寂しかったろうか。



「名無し!」

『っ………』



名前を呼ぶと、びくっと肩が震える。俺は怯えられてる、当然だ。こちらを見ることはないが、名無しは口を開いてくれた。



『トランクスくんは……気ってやつで、探せるんだっけ…』

「さ…………探らなくても…わかるよ。名無しは、わかりやすいから」

『かくれんぼしても、私、すぐ見つかっちゃってたよね……あの頃は、楽しかったなぁ』



消え入りそうなその言葉に、先程思い出していた子どもの頃の情景が再び浮かぶ。

あの頃。そうだ、一度は終わりを迎えた俺たちの大切な時間。思い出となって霞みかけたとき、また始まった……俺と名無しの時間は共に動き出したんだ。
動き出したっていうのに、俺は自ら、また終わらせようとしてしまってる。

何を言ったって言い訳にしかならないし、罪も消えない。けれど、もがかずにはいられない。大切な時間をまた、名無しと一緒に、歩いていきたくて。



「名無し……ごめん。俺どうかしてたんだ。むしゃくしゃして、思ってもないことを……名無しが傷付かなきゃいけない理由なんて、これっぽっちもないのに」

『トランクスくんは悪くないよ。私が、不愉快な思いさせちゃったんだもん…トランクスくんが気を遣って謝ることじゃ、ない』

「不愉快なんかじゃない。気を遣ってるんでもないよ。ちがうんだ名無し、お願いだから聞いて。こっち向いて」

『やっぱり優しいね、トランクスくんは。…………ごめんね、見れないよ。私、反省してるんだ今。冷たい風に当たったら、すごく……頭が冷えたよ』



名無しが、何で謝るんだ、何を反省するっていうんだ。今、頭を下げなきゃいけないのは俺じゃないか。
さっきは名無しの言葉を一切聞かなかったくせに、本当に勝手だけど……俺の話を聞いて、全部、本音だから。



「名無し、俺を見て」

『ごめんね、だめだよ』

「名無し!!」

『きゃっ』



無理矢理腕をつかみ、こちらへ引き寄せるように振り向かせると、ぱた、と手に冷たいものが落ちる。

なんて、ことだ。



「!!…名無し……」

『………だ、だって』



どれだけ泣いたらこうなるんだ。真っ赤に腫れた目元。流れていく水滴は止まらなくて、名無しは俺を見つめたままそれを流し続ける。表情だって、こんなに悲しげなものは見たことがない。
痛々しくて、でも彼女をここまで追い詰めしまったのは俺自身だってことを、受け止めたくなくて。脳内で現実逃避を始める愚かな俺に、名無しは言葉を続ける。



『止まんないの……あんな、顔…されるなんて…思わなくて……』

「…………名無し」

『……最近のこと、ちゃんと、謝りたかったの……嫌な気分にさせるつもり、なんて、なかった。あと私……トランクスくんに……いつも助けてくれて、迷惑掛けても仲良くしてくれて、ありがとうって。ほんとに、私、それを伝えたかっただけなの……』



その思いを一度はぐちゃぐちゃに丸めて突き返した俺に、何度もありがとうを繰り返す名無し。
それに今さら答える資格なんてあるかわからないけど、たまらず彼女を抱き寄せて、そのまま気持ちをぶちまけた。



「……俺の方こそ、ありがとうだよ。名無し。名無しがいるから俺はいつも楽しいよ」



拒絶することもなく、大人しく俺の腕の中に収まっている名無しは、ふるふると首を横に降った。否定なんてさせないよ。事実なんだから。



「全部、名無しのおかげなんだ、感謝してるんだ。それなのにさっきはごめん。名無しがもし俺以外の男と…って考えたら、あんな当たりかたしちゃったんだ。許して。傷付いた分だけ、気の済むまで、俺を殴っていい」

『…私、トランクスくんに軽蔑されたと』

「あんなの本心じゃない。名無し……俺の、方こそ、嫌われたって仕方ないようなことをしたんだ。お願いだから、自分責めるのやめて……俺に、ぶつけてよ」



俺の腕の中で、名無しは静かに顔を上げ目を合わせてくる。こんなに近い距離で、目を見て話すのは本当に久しぶりだ。しっかりと上着にしがみつき、不安そうに、少しずつ言葉を紡ぐ名無し。一言だって逃さない。



『…私のこと、許して、くれる?』

「俺が許しを乞うべきだ。……名無し、ごめん。二度とあんな馬鹿なことしない。もし、許してくれるなら……名無し、仲直りしよう?」

『仲、直り……私、トランクスくんとまた、一緒にいていいの…?きらいじゃない?』

「嫌いなんて有り得ない。ずっとずっと、大好きだよ。名無し、俺と一緒にいて」

『うん…うん、トランクスくんありがとう』



久しぶりに見た名無しの笑顔は、俺が焦がれたあの笑顔だった。俺はもっと罪の意識に苛まれなきゃいけないのに、嬉しくて笑みが溢れてしまう。ごめん、本当に。
俺が笑ったのに釣られてか、ますます可愛い笑顔になる名無し……こうやって、笑わせることの方が単純で、簡単で、あったかくて、幸福なことなのに。



『トランクスくんの匂い、久しぶり……』

「うん……すごく、久しぶりだ。名無しの匂いと、声と、笑顔と。お願い、寒いだろうけど……もう少しだけこうさせて」

『寒くないよ、とっても暖かい』

「名無し……」



仲直りしても、名無しが傷付いた過去は消えないし、もしかしたら一生心に傷が残ってしまうかもしれない。俺は本当に馬鹿だった。二度とあんな過ちは繰り返さないよ。













20時40分:ざんげ





名無しを強く抱き締めながら、俺はある決意をする。自分が抱いている思いを、全てを伝えよう。

どれだけ君が愛しいかを、全部。



続.


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