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□結婚式呼んでくれる?
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あれから4時間。案の定勉強に手がつかず、机に突っ伏したり、ペンケースの中を整理してみたり、参考書をパラ読みしたり……効率の悪すぎる午後を過ごした。

(トランクスくんそろそろ修行おわるかなー)

これ以上そわそわしているのも気持ち悪くて、とりあえず先程彼と別れた廊下に向かい、ぶらぶらしてみる。

(あー何か飲み物とか持っていったほうがいいかなぁ…まあいいかなあ)

彼を見送った曲がり角まで歩を進めると、ちょうど向こうからやってきた人影と鉢合わせし、突然のことでブレーキをかける余裕もなくそのままぶつかってしまった。



『きゃっ、ご、ごめんトランクスくん…』



逞しいその人影からブルマさんではないだろうと推定し、ぶつけた鼻先を押さえながら顔をあげると。



「……」

『………あ……れ?…』



そこに堂々と立っていたのは、例の彼よりもさらに鋭い目付きと、厳ついけれどどことなく高貴な雰囲気を持った男性。一瞬ポカンとしてしまったが、慌てて道を開けて頭を下げる。



『すっ…、すみません!!間違えました…』

「………気を付けて歩け」

『あっ、はい…ごめんなさい…』



切れ長の目や引き締まった身体は彼と重なる…トランクスくんではないその男の人は、腕を組みズカズカとリビングの方へ去っていった。

あれは十中八九、トランクスくんの…。



「名無しっ」

『っあ、トランクスくん……わわっ』

「つっかれたー、癒して癒して」

『ちょ、なんで、いちいち…抱き付く!!』



遅れて登場したのが、探していた彼。こちらに気づくなりタオルを放り投げて飛び付いてきた。……運動後の少し高めの体温と、汗と洗剤の香りが混ざった胴着に密着され、何だかよくわからない胸の高なりに気が動転する。

私を抱き抱えぐるりと一回転し、そのまま肩に頬をすり寄せてなかなか降ろしてくれないトランクスくん。これ以上好き勝手させてはいかんと必死にもがくと、彼は不満そうに口を尖らせて降ろしてくれた。はーっと息を吐き顔を上げると、案の定いつもの余裕の笑みを浮かべている彼。



「まったく…照れ屋さん。………そう言えば、こんなところで何してたの?まさか…お出迎え?」

『いっいやぁ、…まあそんなとこだけど………そ…それより、あの人』

「え?あぁ、父さん?」

『………だよね?』



やっぱり。

トランクスくんも恐れるという、鬼の教官ベジータさん。思わずうろたえてしまうほどのあの迫力と満ち溢れる自信は、トランクスくんをも凌いでいた。そんな人が彼の親族以外に存在するとは思えない。



「それより、約束」

『?やくそく?』

「ちゅーして」

『えっ!!』

「ほっぺたに決めた。名無しもこれなら大丈夫だと思うけど?」



自分のほっぺをつつきながらトランクスくんは演技がかった残念そうな素振りと溜め息を見せた。



「……ほんとは口がいいんだけどさぁ」

『そ、そういうのは…恋人にしてもらってください』

「んなのいないよ。ほらほら、ほっぺでいーから早く」



こちらに気を遣ってか、トランクスくんは静かに目を瞑り少し屈んだまま待ってくれている。
しぶしぶ少し背伸びをして、彼の肩に手を添えた瞬間いきなり顔に熱が集中し始めた。

(……ただ、口と頬っぺたをくっ付けるだけなのに…!!)

トランクスくんの綺麗な肌を目の前に一度怖じ気付きそうになるも、ずっと屈ませておくのも悪いなあとグッとこらえて、唇を軽く押しあてた。



『…』

「………わ」

『…………これで、いい?』

「ありがと…あーニヤニヤしちゃうな」

『………………これ何の得になるの?』

「ん?厳しい修行、頑張れたよ?それに、名無しにキスしてもらえるなんて…嬉しすぎ」

『わっ、わかったからっ、くっつくなっ』



隙あらば距離を詰めてくる彼の体を押し返し、もう!!と軽く腕を叩いてやると、トランクスくんはニマッと口許を緩ませた。…あれ…こっちは怒ってるんですけどね。

(せっかくカッコいいのに、なんか台無し、もったいないなぁもう。恋人がいないって、あながちホントのことかも…)

トランクスくんがさっき恋人はいない的な返答をしてきたのを思い出す。親しい女の子みんなにこんな態度なのだろうか、だとしたら、納得。だってもし、女の子が彼に射抜かれない理由があるとしたら…この異常さだよなあ…あとは身分の差とか…それから…。



『…………………っ!』



そこまで考え、ピタッと固まってしまった。……恋人はいないけど、もしかしたら?



「………………名無し?…なにその顔」

『えっ……』

「どうしたの?言いたいことありそう」



すっと伸びてきた彼の両手に頬を挟まれ、一瞬何に悩んでいたかも忘れてしまった。
正直こうされるととてつもなく落ち着く。しかもこんなときって、トランクスくんは決まって私の大好きなこのあったかい表情になるんだもんなぁ…。こうなるともう隠そうなんて微塵も思わないわけで…ぺらりと言葉は口から出ていった。



『トランクスくんて、婚約者とかいる?』

「…は?」

『…カプセルコーポなんていうおっきな会社の跡継ぎでしょ?恋人はいないのは…もういい家柄の女性と婚約してるからなのかなーって』



そう、どんなに非常識でも、人のことからかってばっかりでも…トランクスくんがすごくいい人で頼りになって優しくて、カッコよくて、詰まるところ魅力的な人だってことは私だってわかってる。
単に彼が色恋沙汰に興味がないってのもありえるけど、………もしかしたら、恋人以上の関係の人がいるんじゃないのかな?



「婚約者ねえ…」

『…………い…いるの?やっぱり』

「いたら、どうなの?」

『えっ……………いたら…って、別に…』

「どう思う?」

『………………そ、そりゃ……』



幸せになってほしいよ。
きっと素敵な家族になるもん。大切な友達が幸せなら私だって嬉しいんだよ。

そう返そうと口を開きかけたとき、トランクスくんのまっすぐな目と視線が合った。
そして先程、ひたすら頭を占領していたもやもやがぶり返す。

トランクスくんが結婚したら今の関係のままではいられないってこと…毎日話したり、一緒にごはんを食べたり寝起きしたり、どこかへ出掛けたり……。
それを考えたとき、「幸せになってほしい」なんて感情を蹴散らすように妙な不安感が襲ってくる。



「…名無し?深刻な顔だな」

『トランクスくん……やっぱり結婚しちゃうの?高校出たらすぐに、とか…』

「え、そんなこと言ってない」

『でも近いうち、会社継ぐんだよね、だってトランクスくんすごく頼りになるし、お仕事もきっと出来る。そしたら婚約してる人と家族になって支えてもらって』

「待った待った待った。……あのな、婚約者いるなんて言ってないぞ。いたらーの話してたの」



めずらしく少し慌てて話を遮ってくるトランクスくんだけど、そんなのただの気安めだ。だって絶対、いずれは、トランクスくんはお嫁さんをもらうんだもん。



『…トランクスくんが結婚したら…し、幸せになってほしいけど………もうあんまり話とかできないし…会ったりとかもだめだし…。………やっぱ、寂しい』



これが本音だ。
なんて勝手なやつなんだ、とか厚かましい女だ、とか思われても仕方ないけど本音だ。言ったって何かが変わるわけでもないのに、われながら言いたい放題言ったなぁと項垂れる。自己満足もいいところだ。トランクスくんは、機嫌を損ねてしまうかもしれない。



『…………………ご、ごめん…すごく、勝手なことばかり言った…』

「あ〜…もう」

『…………へ?』

「名無しってばホントにそそる。今日は一段と可愛い、ちゅーしたいな、ほっぺ貸して」

『…………か、貸すかあ!!』



落ち込んでいた意識を急いで手繰り寄せ、直ぐ様彼との間に距離をとった。話通じてないわけじゃないだろうに…真剣になってるのバカみたいじゃないか!!



『…わたし、真面目な話してる』

「うん、ごめん。わかる。でも」



言葉を一旦止めた彼に腕を引かれ、簡単に腕の中に収容される。人を宥めたり諭したりするとき、毎回この人はこんな大胆なスキンシップをしかけてくるんだけど、最近ではこの抱擁を目を閉じて享受できるほどにまで慣れた。背中に手を回して少し抱き締め返したりもする。
今回も控えめに背中に両手をそえると、頭を強めにワッサワサ撫でられた。



『わ、わっ、ちょっとトランクスくん?』

「安心してよ。俺にそんな相手いないから。……少なくとも今はね。だから余計なこと考えないでね」

『あ、…ごめん何か…。あっ…で、でも、もし結婚するってときは…心からお祝いする!!ほんとだよ!!』



寂しいのはそうだけど、それ以上に彼が幸せなことが何より大切。この腕に抱き締められるのが友達じゃなくて、トランクスくんがただひとり選んだ女性ならば…そのときが来たら、めちゃくちゃにお祝いするんだ。



『あと…』
















結婚式呼んでくれる?









「……俺の結婚式に名無しがいないなんて、話になんないよ」

『ほ、ほんと?ありがとう、絶対行く!』

「うん、絶対来ることになるよ」

『……うん?』





続.


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