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□季由良様へ
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それが1週間前の事。

確固とした約束ではなかった、自分が曖昧なものとしたのだ。
当然男が来なかったとしても不思議ではない。

だが、あの一瞬、廊下まで追いかけて来た男の姿を見て、もしかしたら同じなのではと思ってしまったのだ。

内心で浮かれていたようにも思う自分が恨めしい。
思い過ごしだったのだ。
次の収集ではきっと上手く普段通りに振る舞う事が出来るはず。

(我ながらバカバカしい)

あの男の事で自分がここまで悩む必要などないはずではないか。
そう考えれば急に雨ではりついた前髪が鬱陶しく感じられ後ろへと掻き上げるとその視線の先にあり得ない姿が映った。

傘を差しながらこちらへ向かって来る姿は間違いなく、つい先ほどまで待っていた待ち人の姿だ。
雨の日ですら脱がないピンクのファーコートを見間違えるはずがない。

「…ドフラ…」
「あっれ、鰐野郎じゃねぇの」

びしょ濡れじゃねぇかと何事もないかのように正面に立ち自分の差していた傘をこちらへ傾けるドフラミンゴの仕草に言葉を失う。

そんなクロコダイルを見て小首を傾げたドフラミンゴはクロコダイルにとって最も有り得ない言葉を吐いた。

「フフフッ!何やってんだァ?こんなとこで傘も差さずによォ」

ブツン

と、頭の奥で何かが切れる音がした。
その音を理解するよりも早く動いた右手は目の前の男の胸倉を掴み引き寄せている。

「このおれを待たせておいて…!言うことはそれだけか糞野郎がっ!」
「へっ…?」

明らかな怒りを含ませたクロコダイルを目の前にドフラミンゴは小さく間の抜けた音を漏らす。
2人の視線が交わり、一瞬の静寂と妙な緊張感が辺りを包み込んだ。

ドフラミンゴは謝るでもなく暫くクロコダイルの瞳を見つめた後、ややあってから「あぁ」と小さく呟いて気まずげに視線を外した。

その表情に一瞬怒りが吹き飛んだのはクロコダイルの方で、笑って言い訳でもしようものならぶっ殺してやるとまで考えていた脳に困惑すら浮かぶ。
何やらドフラミンゴが心底困っているように見えたからだ。

「なァ、クロコダイル。怒らねェで聞いてくれるか?」
「……内容による」

その返答にドフラミンゴは普段見る事のないフッと息を吐き出すだけの笑みを浮かべてからクロコダイルの頬に左の手で触れた。
それから少しだけ首を傾げてみせ、静かに口を開く。

「今日な。まだ土曜日、なんだケド」

途端クロコダイルの身体と表情が強張った。

睨み付ける視線は怪訝そうなものへと変わり忙しなく視線が泳いだ後、自分の失態に気付いたのだろう、今度はみるみる内に表情が青ざめていき、その顔を俯けた。言葉はひとつとしてない。

胸倉を掴んでいた手からは力が抜けほとんど触れているだけと変わらない状態だ。

「………帰る」

地面を見つめたままやっと絞りだした言葉がそんなものだったものだからドフラミンゴは胸元から離れた手を咄嗟に握りしめ傘を放り出して変わりに両の腕のうちにクロコダイルの身体を閉じ込めた。

突然のことに混乱した頭はついて行かないのだろう、クロコダイルから抵抗はまだ見られない。
だがドフラミンゴは抱きしめる腕に力を籠め、身を屈めてその耳元に唇を寄せた。

「なァ、今何時か知ってっかァ?5時半だ、アンタ今の今まで俺の事待ってたっての?」
「……ッ、離せ…」

否定の言葉が無いということはそういうことなのだろう。

胸に額を当てたまま俯き続けるクロコダイルの表情は見えないがドフラミンゴはそう理解し思わず笑みを浮かべた。

来るか来ないかすらも賭けだった誘いにこの男はそれを受けたどころか、日付を間違えたとは言え2時間以上も自分の事を待ち続けてくれていたのだという。

これほどの喜びがあるだろうか。

「フフッ!フッフッフッフ!!」
「〜〜!笑ってんじゃねぇ鳥野郎!おれァ帰る、さっさと離さねぇか!」

怒鳴り声を上げながらこちらを見たクロコダイルの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
プライドの高いこの男が日付を間違えるという醜態を晒した上、知られたくもなかったことを知られたのだ、そのダメージは相当なものであろうが、構わずドフラミンゴは左手を腰へ右手を後頭部へ回して強く抱きしめ直し真剣な声で告げる。

「離さねぇよ」
「ドフラ…!」

抵抗を見せる身体を閉じ込めてまだ何か言おうとする口を強引に塞いだ。
後頭部を押さえられたまま上向かされ口付けられるクロコダイルはその苦しさに一瞬眉を寄せたが開いたままの口へ差し込まれた舌を拒む事はなかった。

絡む舌を暫く蹂躙してから口を離してやればクロコダイルは瞬時に何か叫ぼうと口を開いたが視線を彷徨わせそれを止めてしまう。

ドフラミンゴからしてみれば気難しい彼の心の葛藤を見ているようで面白くもあったが此処でまた笑ったりなどしたら今度こそ彼は怒るだろう。

「…クソッ…、情けねぇ…」

苦々しく告がれる言葉にはやはり我慢しきれずに笑ってしまったがそれを咎めるように睨み付けてくる視線にはいつもほどの怒気はなかった。

「なァ、クロコダイル。約束には一日早いが、構わねェだろ?」
「何が」
「アンタに伝えてぇことがある」

抱きしめる腕を外しその両手で頬を包み込んで顔を近づける。

女にだってこんな甘ったるい声を出したことはない。

それでもこの色恋にどこまでも鈍感な目の前の男は暫く困惑の色をその顔に浮かべ、忙しなく視線を彷徨わせてから深くため息をついた。

「…随分と濡れた。先ずは着替えとシャワー、話はそれからだ」
「フフッ!了解した。すぐに手配するぜ?」

誘われているんじゃないだろうかと浮かれても無理はないセリフだと思うが恐らくこの男はそんな事考えてもいないだろう。

だが、例え本人にそのつもりがなかったとしてもだ。

(要は結果論、だよなァ)

予想外の男の行動に振り回されすぎた心は簡単には静まってくれやしない。
もともと手に入れたいものは何がなんでも手に入れる主義なのだ。
今回はそれが傷付けず壊さず手に入れたいものだったというだけ。

暑苦しいほどの愛の言葉で縛り付けて、この心の内をすべて見せてやってもいい。

思春期のガキのようなこの感情にクロコダイルは笑うだろうが最後には受け入れるはずだ。そうでなきゃ…困る。

(困るってなんだ。…俺も大概弱ェよなァ)

惚れた方の負けだとはよくも言ったものだが、お互いに初めから敗北者と成り果てていた事にはまだ2人共気付いていない。

それに気付かぬまま、片や電話に手を伸ばし、片や平静を装って空を見上げるのだった。




((今日こそは伝えてやる))




Fin
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季由良様…お待たせ…しましたァァァッ!!週末までにとか言いながら嘘ぶっこいてすみませんっ!(スライディング土下座)無駄に長いうえになんかグダグダですみません!極めつけには長くなりすぎて本番入ってなくて…っ(脱兎)
ホテルで部屋を取った後の2人については後日続編としてあげさせて頂きます;
思春期真っ只中みたいなモヤモヤした2人の葛藤が伝わればと思います;苦情書き直し受け付けますので!(逃)

【季由良様のみ持ち帰り可能】
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