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□それぞれの野望
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「白ひげのところの2番隊長が来ている」

部下からそう報告を受けた時、内で燻ぶっていた炎が激しく燃え上がるのを確かに感じた。

港にモビー・ディック号の影はなく、一人乗りの一風変わった船が一つ船着き場に何とも頼りなく揺れているだけで、どうやら当の本人は港町であるナノハナに入って行ったらしいと淡々と告げる部下の言葉をそこまで聞いたところでクロコダイルはデスクを立った。


優秀な部下である彼の秘書は報告の途中で席を立ったクロコダイルに報告の続きを止めて代わりに物珍しそうな視線を彼に送った。
自他共に認めるほどに人間不信である彼が、一個人に対してこういったあからさまな反応を返す事は珍しい。
大半は報告を聞いているのかいないのかも分からないほどの無関心さで、淡々と報告を終えた後にようやく口を開いた彼から二、三の指示を受けて退室する。
それが常であっただけに今回の彼の行動はある意味異質とも言える。

だからこそ、秘書である彼女は口には出さないものの口以上に雄弁さを持つ瞳を彼に向けたのだった。

立ち上がり視線をデスクに張り付けたままクロコダイルは動き出せずに居た。少し離れた位置に立つ彼女が物珍しげな視線を向けている事には当然気付いていたが、そんなものは彼にとって今やどうでも良い事にさえ変わっていた。

「白ひげのところの者が来ている」

その事実だけが彼の脳内を占めている。

白ひげ、エドワード・ニューゲート。
その名を忘れた日など一度たりとも無かった。
絶対的な力を誇るその男に挑み膝をついた屈辱、対峙して初めて味わった言いようもない畏怖と高揚感、そして敗北。
かつて、あれほどの男に会った事は彼の人生を掘り返して見ても比べるに値する人物など存在しなかった。

それは執着と言ってもいいかも知れない。冷徹な性格だと自負していた、他人に興味も無く、信頼も期待もするだけ無駄だと考えていた、いや今も考えている自分にとって、その枠を超越し尚存在感を放つ存在。その男の部下が来ている。それも一人で。

以前一戦交えた時には空白となっていた2番隊隊長の席に駆け出しのルーキーがついたという話は聞いた事がある。
若くして自然系の実を使い七武海への誘いをも蹴った男。
その男が白ひげに敗れ傘下に加わったという話は噂程度になら知り得ていた。

だが、一体この地に何の用がある。白ひげの配下であるその男が独断で航海する事を白ひげが許すはずが無い。ならば、白ひげの命を受けたか、あるいは別の目的で…。

いくら考えたところでキリがない。クロコダイルはデスクに置かれたままの書類を早々に諦めると扉へと向かう。此処、レインベースからナノハナまで通常ならば2日は要するだろうが彼には数時間で十分すぎる。

「…お出掛けに?」

珍しいわね。と含みを持たせた声をかけてくる秘書の問いに「夕方には戻る」とだけ答え、彼は本能に従い部屋を後にしたのだった。





ナノハナは喧騒に包まれていた。
報告を受けレインベースを出立してから数時間、その男がただ大人しくしているとまでは思っていなかったが、やはり海軍と揉めたのだろう、辺りは忙しなく駆け回る海兵が溢れていた。
この様子だとどうやら取り逃がしたらしい、だが、そうなると目当ての人物もこの町に長居はしないだろう。

―入れ違ったか…

こうも海軍がウヨウヨしている町に今も居るならばよほどの大物かただの馬鹿だろう。
いっそ捕まっていりゃあ簡単に顔が拝めたものを、と考えてから自嘲染みた笑みを零す、ただの好奇心と表すにしては必死すぎる。
たかが、白ひげ海賊団の一員、所詮は過去の傷。
そう割り切ってしまえば簡単なものを、それが出来なかったからこそ今こうして彼は此処にいる。何とも滑稽な話しではないか。

―くだらねぇ、戻るか

無駄な時間を使ってしまった。
20時にはオフィサーエージェントがスパイダーズカフェに集まる。あまり悠長にしている時間は無い、この作戦は成功させなければならないのだ。

ところがツキは回ってくるものである。
追って来た男を諦め身を半分ほど砂に変えたところで海兵の一人の声が耳に届いた。

「港付近の海上にて謎の火柱を確認、海賊旗を掲げた船5隻が沈没」

砂に溶ける視界の端でこちらに鋭い視線を送ってくる軍人が見えた気がしたが彼はそれを気にかけず、砂と化した身を港へと流した。





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