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□胸を焦がすは
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しまった。

と思った時には既に遅く、無惨にも真っ二つに割れたテーブルは折り畳むように床に沈み、その床は零れた酒が水溜まりを作っている。

不自然に上がった右手は指が曲がっていて、視界の端にそれを確認してからまたしまった。と自分の失態にサングラスの奥で目を細めた。

「テメェは何をしてやがる」

窘めるでもなく呆れたように告げられた声に再び指先に力が籠もる。
危うく使いかけた能力を押し込んで常と変わらない薄ら笑いを貼り付けゆったりと足を組み仰々しく両手を広げて見せる。

「足を組むのにちょっとテーブルが邪魔だったんでなァ」

普段通りにと押し込んだ笑い声も加えて告げて見せれば僅か怪訝そうに眉を寄せられたが返された言葉は素っ気ない「面倒なやつだ」の一言だった。
それっきりバナナワニの鼻先を撫で戯れ始めた姿には怒りをこちらに向けてくれればまだ良かったのにと思わざるを得ず、そんなことでしか、そうまでしても興味を引きたいと考える自分にはほとほと参ってしまう。

最早見せ付けているのではないかと思うほどにこちらには見せたことも無い笑みを浮かべてペットを愛でている姿をソファから眺め、そういえばとハタと考えた。

「……お前ペットに名前とか付けなさそうだよなァ?…フフッ、そいつには名前をくれてやったのか?」

もし名前を付けて可愛がるなんて真似をこの男がしていたなら笑い飛ばしてやれる。
そうしてお気に入りのあの白い鰐を八つ裂きにしてまた笑ってやろう。

とこの時はそう思っていた。本気で。

声に反応した男がニヤリと笑みを浮かべた瞬間にそれが失敗だったのではと気付いた。
白い鰐にしだれかかるようにその巨体を抱き締める姿に嫌な予感と共に初めて後悔した。

「  」

そして男の口がその名を告げた時にはもう耐えきれず荒々しく部屋を出ていた。聞こえた名前を呼ぶ甘い響きだけは鬱陶しく耳に残る。
背後の部屋から高らかな笑い声が聞こえ胸中の暗い闇がいっそう深く淀んだようだった。









予定外の激務に追われ再度砂の国に訪れたのはあれから2ヶ月ほど経った頃だった。

あの白い鰐は随分と大きくなった頃だろう。
あの時は自分でも分からないほどに激昂してしまったが今日こそはあの鰐を八つ裂きにしてやろう。

邪魔な存在は消すに限る。
それで傷付いたあの男の顔が見られるならそれはそれで満足じゃないか。
そう考えれば足取りはいくらか軽く以前来た時よりも随分と不穏な空気を放つようになった国を眺めながら目的の建物へと向かった。








「アレなら死んだが?」


かけた問い掛けに返された言葉はあまりにアッサリしたもので、その口調が今日の天気は晴れだが?と同じくらいに淡々と軽いものであったため様々なパターンに備えて準備していた言葉はすべて無に帰し閉口するしかなかった。

いつもの通り道を塞ぐ従業員を押しのけて彼のオフィスに踏み入り「なんの用だ」などとお決まりになって来た言葉を吐く男に挨拶もそこそこに「あいつは大きくなったのかァ?」と投げかけた答えがそれだった。

結局部屋に押し入って二言も交わさないうちから言葉を失ってしまった事になる。

「…フフッ…フッフッフ…!!分からねぇな…どういう事だァ?」
「言葉のままの意味だ。テメェの言うあの白鰐なら少し前に死んだ」

まさかと思い水槽に両手を付け中を覗き込むもそこに白いバナナワニの姿は無い。
ただ悠々と泳ぐバナナワニ達が普段と変わらず悠々と泳いでいるだけだった。

どうやら言っている事は本当らしい。

「……まだガキだったんじゃねぇのか?何故死んだ」

この手で八つ裂きにしようと思っていた相手がふと消えてしまったのはどうにも気持ちが悪い。
獲物を横から何かにかっさらわれたようなそんな気分だ。

反して男は何時もとなんら変わらぬ優雅さで葉巻をふかし、こちらに興味無さそうな視線を投げてくる。

「アルビノは色素を持たない分身体が弱い。自然社会の中じゃまず長生きは出来ねぇ」

それがどうしたとでも言いたげな目に益々分からなくなる。
だったら何故。

「殺された?」
「あぁ、親にな。弱いヤツは死ぬ、分かりきった事じゃねぇか」

男の口調は相変わらず軽い。
とても演技には思えない様子が返って不信感を煽るがどうにも男は本心なようだった。

だったら何故。
あの男の名を付けた。
それを知っていたならば保護して別々育てるなり何なり方法はあったはずだ。
だが男は何もしなかった。

「…そんなに気に入ってたのか?」

書類から目を離して意外そうにこちらを伺う金の瞳はあの日向けられたものと同じだった。

「…………いいや。…いいやサー、気に入ってなんかいねぇ、フフッ!俺はあれを殺す気で来たんだ」
「…残念だったな」

答えた男の目はもう既に書類へ向けられている。

「そうでもねぇだろう
?まだ居るじゃねぇか同じ名前の男が」

引き裂けんばかりの笑みを浮かべてそう告げれば書類に向けられていた目が再びこちらへ向けられる。
その瞳には確かに静かな怒りが浮かんでいた。
 
 
 
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