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□※強き敗者は艶美に嘲う
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チェックインしたホテルは島に存在する宿泊施設の中でもそこそこ上位に位置付くもので、シックな色で統一された部屋は実にシンプルであったがソファの沈み具合だとかベッドのシーツだとか、あげてしまえば大きな窓を覆うカーテンの素材までもが触れただけで高級なものだと感じられる。

部屋は最上階1つ下の階にあるSランクのものを借りた。
本来であれば最上階のスイートルームを用意させたかったのだがダズから目立ち過ぎてしまうからよしましょうと言われれば実質上逃亡者である身である以上と渋々その部屋に了承したのだ。
クロコダイル1人であればスイートルームでも一向に構わなかったであろう、彼は自然系の能力者であったし、その実力を考慮しても追って来た海軍を撒く事くらいは容易い。
だが、ダズはそうはいかない。
確かにダズも実力ならばかなりのものではあるが超人系である以上クロコダイル同様に窓から逃げてなどとは言っていられない。
かといって、海軍全てを相手にするほどの実力が無いのも悔しいが事実であった。

結果として、さほど目立たないであろうそこそこ高級なホテルのこれまたそこそこ上位の部屋に泊まる事が決定したのだ。

初めの方こそどこか不満気にしていたクロコダイルであったが、部屋に入るや否や早速とばかりにシャワーを浴びて航海の疲れを癒やし、今はというとバスローブに身を包み上質なソファに座って新聞を眺めていた。

記事には先日のマリージョアでの事件が載せられ、あれから多少日は経ったはずだと言うのにそれは相も変わらず一面を飾っていた。

「麦わら一味は相変わらず行方不明か…、どう思うダズ」

16点鍾の事件以来再び行方を眩ませた麦わらのルフィはその一味を含めて未だ目撃情報が上がらないらしい。
他のルーキー達はとうに新世界入りを果たし名を上げ始めたと言うのに。
振り返って扉の傍に佇むダズに声をかけるクロコダイルの様子を見るにやはり機嫌が良いらしい。

「…さあ、俺には何とも」

当たり障りの無い返事を表情1つ動かさずに返したダズの心中は穏やかなものでは無かった。

クロコダイルが上機嫌なのは分かる。
だが、その理由が全くと言っていいほどに分からないのだ。

マリージョアを思い返してみれば白ひげが死んだ時は確かに機嫌が悪かったはずだ。
麦わらを逃がした時も。

何時からだと頭を悩ませてもその答えが浮かぶ事は無かったがただ、嫌な予感がする。

「…ログが貯まるまで3日か…、ゆっくり過ごそうじゃねぇか」

カーテンを開け放ち大柄な窓から外を見下ろし、口元に笑みを湛える上司の姿に不穏な予感が胸中から消える事はその日眠りにつくまでついに無かった。









 
 
麦わらのルフィを追って新世界入りを果たした海軍本部スモーカー准将はクロコダイル達より2日遅れて島に上陸した。
本当であればすぐにでもマリージョアを出航したかったのだが正式な異動の許可を取るのに復旧作業に勤しむ本部では思いのほか申請に手間取り、ようやく待望の許可を手に入れ右腕として連れているたしぎ少佐を含む数名の部下を連れて島に足を踏み入れたスモーカーは何時にも増して不機嫌極まりない。

普段から深く刻まれた眉間の皺はより一層深いものとなっているし、葉巻を吸うペースは格段に早くなっている。
極めつけがこの島に来るまでに見つけた海賊を片っ端からひっ捕らえた事から、島につくなり現地の海軍基地への引き渡しが行われ更に時間を要した。

島はこの日も快晴である。
比較的に雨が少ないのであろうこの晴島は海水を真水に戻す装置を島独自で開発したらしく、なるほど港にはドーム型の建物が点在していた。
もの珍しげにそれを眺めているたしぎに現地の海兵があの中で海水から不純物を取り除き真水にしたものを地下を通して各建物に支給しているのだと説明している。
たしぎはそれを熱心に聞きながらメモを取っていたのだがスモーカーに言わせてみれば「この島でしか役に立たない情報を熱心に集めてどうする」といったところであろう。
仕舞いにはその真水はしょっぱいのかだとか顔を洗っても痛くないのかだとかといった明らかな世間話に移行したところでスモーカーの怒りはついに頂点に達した。

「たしぎぃっ!!置いて行かれてぇのかテメェはッ!!」
「ひゃっ!ごっ…ごめんなさいぃ〜!!!」

何時も以上に迫力のある怒号に身を竦ませたたしぎはさっさと先を歩き出してしまったスモーカーを追い掛け隣に並ぶ。
そっとその表情を伺い見ればやはり何時も以上に不機嫌なのは明らかで今度はマジマジと下から覗き込むように見つめれば睨み付けるようなスモーカーの視線とぶつかり大慌てでスミマセンッと返してから視線を前へと戻した。
実際のところ、ずっと行動を共にして来たはずのたしぎにもスモーカーのこの機嫌の悪さがどこから来たものなのか分かりかねていた。
マリージョアで新世界入りの申請をした時に大将青雉と何かあったのだろうかと考えてもみるが、その時には既に不機嫌だったような気もする。
第一その申請の直後に困った顔をした青雉から「たしぎちゃんの上司は随分不機嫌じゃないの」などと聞かれた事をおもいだせば少なくともそれよりは前だったと言える。
ではマリージョアでの戦争中に?とそこまで考えたところで早足のスモーカーからやや遅れ後ろを歩いていたたしぎは不意に歩みを止めたスモーカーの背中に頭からぶつかった。

「〜ぷっ!…すっスミマセン!ちょっと考え事を……スモーカーさん?」

運悪くも背に負った十手にぶつかりヒリヒリと痛む鼻を押さえ怒られるより先にと声を上げたたしぎは前を睨み付けたまま微動だにしないスモーカーの姿に言葉を止めた。

「…どうかしまし「黙ってろ」

短く告げられた言葉と真剣な表情にただならぬ空気を感じたたしぎは表情を引き締め愛刀に手をかけ辺りに気を張る。
だが別段異変を感じられる事は無い。

一方のスモーカーは辺りに視線を走らせた。

―見られている―

確かに感じる視線にたしぎは気付く気配が無い。
だとすれば意図的に自分に分かるようにしているのだろうかと感じたスモーカーは眉を寄せた。
だとするならばかなり腕の立つ人物だろう。
だがそれ以上に。
葉巻を噛む歯に力が篭もり眉間の皺が深さを増した。

『俺はこの視線を知っている』
 
 
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