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□胸を焦がすは
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水槽の中のその存在に気付いたのは偶然の事だった。

「なぁ、あのバナナワニ白くねぇか?」

水槽の中を自由に泳ぎ回るバナナワニ達の中一際目を引く真っ白なバナナワニ。
退屈しのぎの暇潰しだったはずが妙なものを見つけたものだとソファの背もたれに寄りかかり水槽から目を離さないまま声を上げれば、やや間があってからあぁと素っ気ない声が帰ってきた。

「フッフ随分な返事だなァ、だが知らなかったぜ白いバナナワニも居たんだな」
「そいつはアルビノだ」

空気の揺れる気配に振り返ればデスクを立った男がこちらへ歩んで来ている。
さっきまで全く興味を示さなかったくせにペットの話になるとこうも違うのか。と嫌みの一つでも言ってやりたくなるが代わりに溢れんばかりの笑みを浮かべる。

「アルビノ…?」
「突然変異で色素を持たねぇ種の事だ…」

冷たく細められた目がそんな事も知らなねぇのかと訴えかけて来るがそんな扱いは今更気にならない。
最初こそ腹も立ったものだが慣れと言うのは怖いものだ…惚れた弱みとでもいうのかも知れない。

「ふぅん、じゃあ白ワニってことか」
「…シロワニはサメだ馬鹿が」
「…うん?」

ワニなのにサメなのかと首を捻れば益々分からなくなっていくようでそれ以上の思考を停止させた。
海の生物について議論したい訳では無い。

しかし真っ白だ。
他のバナナワニと比べても幾らか身体の小さな姿はまだ若いのだろうと思わせる。
当然だ、以前に来た時には居なかった。

「…そんなにそいつが気になるのか」

ソファを素通りして水槽へ歩み寄る姿に一瞬、後ろから引っ張ってソファへ押し倒してやればどんな反応を返すだろうと邪な考えが浮かんだ。
きっと怒り狂って暴言をぶつけて来るに違いない。

コン

静かな音に我に帰ると水槽をノックする姿が目に入った。
先程の白いバナナワニがその音に反応し男のもとへ寄って来る。

「…イイコだ」

ガラス越しにすり寄る巨体を撫でるように手を滑らせる。
男の目がそのままこちらを向いた。
冷たい視線、恐らくは先程までペットに向けていたものとは違うものだ。

「コイツは少し前に生まれたばかりだ、丁度…そうだな、前回テメェが来たすぐ後くらいか」
「他と違って目が赤ぇのは?」

普段よりもまともに返事を返してくる事が嬉しい反面複雑な気持ちになるがそれを出す事はない。
ただもう少しだけ珍しい姿を堪能しようと興味も無い話題に質
問を被せてやれば、これまた意外そうな表情に笑いが込み上げそうになり必死で何でもない風を装う。

「…色素を持たねえからだ、目の血管の色がそのまま瞳に出てるって訳だ。……そんなに気に入ったのか?」

コイツのペットに興味を示した事は無い。水中の赤い目と男の黄金色の目が此方を伺っている。
その光景が奇妙で不思議と興奮を覚えた。

「フッフフ…まぁそんなところだ」
「ほう…テメェが興味を持つとは珍しいな」

そういって笑う姿はどこか嬉しそうで妬ける。
もう一度水槽をノックすれば白い鰐は姿を消した。

「見せてやる」

何を。と聞くよりも先に聞こえた低い呻り声に横へ伸びる通路へと目を向ける。
通路の中央がパックリと開き、そこから先程の白いバナナワニがのそりと這い出して来たところだった。

「お〜…こりゃスゲェ!フッフ近くで見るとますますデケェな」
「こいつはまだガキだ」

言いながら先程のように擦りよる鰐の鼻先を直接撫でる手は今までみた事がないほどに優しい手付きで一瞬この鰐を殺してしまいたい衝動に駆られる。

「随分とお気に入りらしいな、フフッ嫉妬しちまうぜ」

何時もの軽口に少しの真実を混ぜる。
実際は腸が煮えくり返りそうだ。
愛おしそうに白い皮肌を撫でる手にも、心地良さそうに目を細めるアルビノにも。


グララララ


「〜〜ッ!!」

酷く。心臓が凍り付く。
次いで勢い良く弾けた熱は放出先を見失い過った力は目の前のテーブルを両断した。
当然のように乗せられていたグラスは音を響かせて砕け去る。
 
 
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