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□シロツメクサA
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素直な性格ではないと自負している。

嫌いでないものに対しても冷たく当たり、余計な言葉が口をついて滑り落ちる。

好意を向けられるのには慣れていた。こんな性格の自分でも容姿はそれなりなのだろう、言い寄ってくる男をあしらった事は決して少なくない。

大抵の場合慣れ慣れしく声をかけてくる男は睨み付ける視線だけで大人しく引き下がる。それでもまだ付きまとうならばただ一言「失せろ」と告げるだけで良かった。

お高く止まっているつもりはない。だが、人の内面すらよく知らず外見だけでふらふらと寄ってきてあまつさえ夜の誘いなどをかけてくる馬鹿に対して何故こちらが柔らかく対応してやらなければならないのか。

男という生き物は本当にくだらない。
よく男は頭と下半身が別の生き物なのだという話を聞いたが全くもってその通りだと思う。
どんなに紳士ぶっていたとしても少しでも煽ってやればすぐに本性を顔に出す、結局は体の事しか考えていないのだろう。


「でも、白ひげの親父さんは違ったんでしょう?」


ルージュの言葉にあたしは黙り込んだ。
ティーカップに注がれた紅茶はすっかり冷めてしまっている。
時計の針は4時を示そうとしていた。

昼過ぎにルージュの家へと呼ばれティータイムと称した午後の談笑が昨日の酒場での話に移って早2時間、会話はロジャーの話に飛び、さらに恋愛観の話へと変わっていった。

とりとめの無い話で数時間を過ごせるのは女子の特権とも言える。


「…アイツの本心なんてあたしには分からない」


惚れていると言われた。特別に思っているとも。
だがそれだけだ。

ニューゲートはあたしに対して「好きだ」「愛している」などと言った言葉をくれたことはない。

ロジャーがルージュに対するように、気安く肩を抱くことも、海へ誘うことも、愛を囁くこともない。
触れられた事も数える程度にしかないのではないだろうか。


「そうね…。私にも彼の本心なんて分からないもの」

「クハハハッ!ロジャーは何時だってルージュに愛を囁いてるじゃないか、それこそ鬱陶しいほどにな」

「…あら、でも親父さんがそれをしたら…」


言葉を濁したルージュに分かっていると短く返した。

分かってはいる。
もし、ニューゲートがロジャーと同じことをしたら、あたしは軽くあしらって彼から離れるだろう。
こいつも他の男と変わらないのか、そう思って。
それがアイツの本心だったとしてもあたしに他人の胸の内まで分かるはずがない。

ルージュは…怖くないのだろうか。
ロジャーの本心が別にあったとしたら。

あたしは……


「――アイル…?」

「……っ」


気がつけば目の前にルージュの顔があった。心配そうに覗き込む吸い込まれそうな漆黒の瞳を避けて目を伏せる。

ルージュは綺麗だ。
太陽のような、という表現を当てはめる人間が居るとするならばそれは間違いなくルージュだろう。
もう十年以上の付き合いになるが、きっと彼女の心は真っ直ぐで綺麗だ。
もしルージュがそれは違うと言ったとしてもあたしはそうは思わない。

ロジャーがルージュに惚れるのも当然だ、こんなに綺麗な人はどこを探したって居やしない。
彼女が笑うだけでその周り全てが日溜まりのように暖かで自然と周りの人間も笑顔になる、そんな人間がこの世に一体どれだけ居ることだろう。

ロジャーはルージュに惚れていて…ルージュもロジャーに惚れている。
ルージュがそれを言葉にしたことは無いが見ていれば分かる。
ずっと一緒に居た姉妹のような存在を取られたような嫉妬心はあるが、時折幸せそうに微笑むルージュを見ていると羨ましいようなホッとするようなそんな気持ちになった。

彼女は、この先何があっても幸せになるだろう。

だが、あたしはどうだろう。
ルージュの隣に居ることが不思議なほどに正反対な人間だというのに。


「ね、アイル。明後日のお祭り、貴女も行くでしょう?」


頬に触れるルージュの手に我に返った。
楽しそうな笑みを浮かべている彼女にやっぱり綺麗だと改めて思った。


「…祭り?」

「ふふっもしかして忘れてたの?明後日はバテリラ花祭りよ?最後には花火も上がるんですって。今年はワの国のユカタ…?が流行なんですって、去年のウエストブルーのサリー…とかいう衣装も素敵だったけど、きっと似合うわ」


あんまりにもルージュが楽しそうだったのであたしはそうだなきっと似合うと答えた。
彼女なら着こなすだろう。


「ふふ、ありがとう。でも貴女のことを言ってるのに」

「…あたし?…悪いがあたしは今年も行かない、知っているだろう?」


毎年この時期に開催されるバテリラの花祭りは3日連続で行われる大々的な伝統行事だ。
様々な国の衣装に身を包んだ人々が集まり籠に大量に入った花とお菓子を撒きながら歩いたり、立ち並ぶ出店を楽しんだりするものであるが、もうひとつ別の意図を持った祭りでもあった。

緑豊かなバテリラの町を少し外れた先に静けさの漂う森がある。
その森の一角に真っ赤な木製の門があり、そこから獣道が続いている。
その道を暫く歩いていくといきなり周りから木々が消えぽっかりとした空間に辿りつく、そこには決して大きいとはいえない泉があるのだ。
昼には太陽の光を受けて眩いほどに輝き、夜になると月明かりに静かさを持たせる澄んだ綺麗な泉だ。

通称「リラの涙」と呼ばれるその泉の由来を語るにはこの島の神話から話さなければならなくなるため割愛させて貰いたい。
バテリラを語るには愛と平和の象徴と言われる女神リラの存在が必要不可欠だということだけは間違いない。


「まだ、ダメなの?」


ようは何ともありきたりな話ではあるが、その門を潜りその泉に赤と青の花を同時に投げ入れた男女は結ばれるというどこにでもあるような都市伝説があり、この祭りを機にその泉を訪れる男女は決して少なくないという話だ。

そして、暴漢に襲われたのだ。





あたしではない。…ルージュが、だ。






 
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