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寡黙と憂鬱に咲く


1.
現在自分はまだ二十歳の学生であるわけで、若者の馬鹿げた哲学と思ってくれて構わない。
高杉はこれまでの肉体関係を、「恋愛関係」と思ったことは一度もない。また、その相手を、「恋人」と思ったこともない。
はたから見れば立派な恋愛関係であって、人と話す時は、自分もこれを「恋愛」と称した。
だがそれは、「恋愛ではない」と否定してしまうと、相手の気を悪くすると思ったので、ついつい無難な言葉で表現したまでだ。

自分にとってこの「恋愛」とは、所謂言葉による「プレイ」であり、身体による「プレイ」である。
人はこの恋愛で驚くほど一喜一憂するわけだが、要は言葉の駆け引きを楽しみ、快感を伴う遊戯を楽しんでいるだけに過ぎず、
結局のところ、純粋に恋愛をしている者などほとんどいなく、大抵は自分に暗示をかけて(好きだと思い込む、あるいは相手に好かれていると思い込む)、
強引な溺れ方をしているのだ。

だが恐らく、それもほとんどの人間がその事実に気づかぬふりをしているのであって、それが利口な生き方だと自分も思うのだ。
自分はどうも、暗示をかけるのが下手で、容姿に恵まれているおかげで相手に困りはしないのだが、
淫猥な行為は好きだったからそれは良いとして、特別な言葉やしぐさを求められると、途端に興ざめしてしまって、
ただ笑ってその場を誤魔化すのに必死だった。

同時に、恐怖させられるのだった。
自分が興ざめしてしまう瞬間を、相手に置き換えてみて、相手がもし自分にはもう気がないとして、
上の空で側にいることを考えると、それ以上に恐ろしくなり、相手がサタンに思えてきて、
デートなどをしていても、一刻も早く、帰りたくて仕方がなくなるのだった。
裸を絡ませている以外は、まさに地獄の時間で、ストレスを溜めこむだけで、何ひとつ良いことなどありはしないのだと、
ある時から気付いて、それからはいちいち嘘でも相手を喜ばせるようとする努力が馬鹿馬鹿しくなり、
必要のない約束は成る丈しないよう、メールの回数も少なめにし、自分の身を削らない程度の距離を置くようにした。

2.
高杉が希望を見出したのは、事もあろうことに、せフレ掲示板『dry and wet』だった。
昔から世間に蔑視されているものに興味を示す性質で、それを堂々と人前で告白する勇気もない癖に、
これまでも持ち前の歪んだ好奇心で、中学で喫煙を経験し、万引きを数回、酒にも手を出し、
街中で一度だけ見知らぬ男に淫らな交際を迫られ、特に嫌がりもせず、むしろその法外行為に進んで身を委ねた。
僅か13の年で身体中を弄られ、しかし自分はそういうものが勲章だと思い込む、妙な気質があった。

自分はマゾヒストであると、そう自分という人間を位置づけることにも、快感を覚えるのである。
二十歳の記念にと、刺青を刻むことにして、自宅からそう遠くない、刺青師のもとを訪れ、高杉はこう言った。
「二か所。左胸に、蜘蛛の糸にかかった蝶と、左太腿に絡みつく大蛇の絵に」
これもまた、嗜虐性を含んでいて、どちらも獲物に捉えられてどうにもならない自分。これから食われてしまう自分。
胸と、下半身。官能の意味合いとして、二つの性感帯を選んだ。

そこが濡れていること。それが唯一、真実味のある潤いで、何よりも高杉を悦ばせた。
『dry and wet』は闇掲示板の中ではしっかり管理されているほうで、ここなら、と自分の顔写真と、ペンネーム、性癖などを簡単に入力し、会員登録を済ませた。
一言にはこう書いた。『すべてを忘れるセっクスがしたい』
それがどのようなものかは想像できないが、恐らくそんなパートナーに出会いたいという本心から、この文章が出来あがったにちがいない。

会員以外はメンバーの閲覧、掲示板書き込みは不可。プロフィールを見て、気に言った相手にメッセージを送ることも出来る。
あるいは掲示板にしばしば、乱交パーティ開催のスレッドが立てられたりするので、そこにレスをつけて、参加することも可能だ。
不特定多数の人間と混じり合う経験が高杉には無く、例のごとく、好奇心たるものに駆りたてられ、
躊躇なく自分のペンネームと、挨拶を書き添えて、レスをつけた。
開催日は1か月後。夕方5時。○○ホテル。ラブホテルではなく、一般の宿泊ホテルだった。

3.
開催日までに、参加メンバーの顔と名前を把握しておこうと思い、一人一人、プロフィールを念入りにチェックした。
全部で8人。
抵抗はなかったが少々がっかりしたのが、ほとんどが30代後半から40代の中年男性。20代は自分と、もう一人、それでもかなり年上だった。

「銀」という28歳の男。
正面から携帯で撮っただけなのか、ブレ気味の写真だったが、それでも顔のパーツは何となく分かって、
割にいい顔立ちで、寝癖だらけの髪型で、稀に見る銀髪であるところと、大きな目が半分くらい閉じられているところが特に気に入った。
高杉はハンター的な虎の目を持つ男が好きで、安全性の高い風貌は、それだけでしらけて、抱かれる気すら失われてしまうのだった。
この男は、全体の作りは優しげなのに、薄く開かれた瞳の奥に、ぞっとする虎の子が潜んでいる気がして、
何度も見据えているうちに、ますます惹きつけられ、当日はこの男にまず抱かれたい、と思った。

また、性癖が「縛りと、言葉攻め」であるのも気に入った。さらに一言には、「一緒に甘い地獄を見ましょう」で、
「天国」でないところが、これまた趣深くて、焚きつけられた。
思考が飛ぶような快感など、半ば「地獄」で、ほろ酔いできるセっクスとはかけ離れたものであると、高杉も考えていたからだ。

男の顔を見ながら、下着に手を忍ばせ、既に濡れているそこに触れると、盛んに指を動かし、喘いだ。
卑猥な音を立てると、男はきっとこう言うのだ。「淫乱」
自分は透かさず頭が痺れて、さぞ恥ずかしそうに悦び、もっと言ってほしい、と、自分への侮蔑の言葉を聞き出そうと、
ただそのためだけに努力する、性獣と化すだろう。
男に荒々しく抱かれる自分を思い描きながら、指だけでイってしまい、高杉はその場で脱力し、PCの画面を呆然と眺めていた。

4.
今朝はよく濡れていたので、不快臭を放たないように、出かける前にシャワーを使い、
いつそこを舐められても良いように、準備満タンにして、少し気取って、色っぽい香水をつけた。
良くも悪くも、押し合いへし合いの車両に乗り、そこで偶然痴漢に合い(と言っても、多少の期待をして乗り込んだのだが)、
目的地に着くまで好きなようにさせておいたら、直に性器を弄ばれて、ついにはイかされてしまい、
公衆トイレまで前屈みで、たどたどしく歩かねばならなくなった。
いつ何処で、誰に抱かれてもいいように、代えの下着は常備しており、孔を軽く拭いて、急いで履き換えた。
高杉にとっては、程よく身体が温まり、良い準備運動になった。

会場は地図などに載るような建物では無いらしく(乱交パーティなどやるのだから当然だが)、
酷く道に迷い、だからと言って目的が目的なだけに道も聞きにくく、途方に暮れて、主催者の連絡先にかけると、
存外親切な人で、現在地からの道順を丁寧に教えてくれ、無事ホテルを見つけることが出来た。
何とも怪しげで、古臭いホテルだった。

部屋は5階。エレベーターに乗り込むと、さすがに緊張してきて、冷え症のもたらす指先の凍結、
もはや期待の弾みというよりも、息苦しさのほうが増し、高杉はこういった「直前の場で起こる厄介な感情」が大嫌い(面倒くさい感情が苦手)で、
早いところ現場に行って、滅茶苦茶にされてしまいたくなった。

他の宿泊人らしき人間と会うことはなく、半ばほっとしていたら、いつのまにか指定場所に辿りついていた。
ノックをしようとしたら、何だか中が騒々しく、気になってドアに耳を当ててみると、人の話し声も聞こえ、
それが何とも卑猥な内容で、続いて嬌声たるものを聞き取り、既に事は始まっているのだと悟って、高杉は唾を飲んだ。

あのメンバーの誰と誰が。あるいは複数で一人をか。あの「銀」という男は既に到着しているのか。
こう思い巡らすだけでも十分な興奮剤で、下のそこが大口を開けて涎を垂らしているのを感じ取りながら、軽くトントン、とドアを叩いた。

一瞬音が途切れた。少し経って、頑丈な扉が控えめに開けられたかと思うと、中から見知った顔の男(30代半ばのEという奴)が「やあ」などと、
半分酔いがまわっているような優しい微笑で、快く迎え入れてくれた。

部屋は思ったよりも広い。ソファが二つ。ベッドが二つ。こんな猥褻の場に相応しくない、清純な花柄模様の絨毯。
きょろきょろと見渡していると、「実物のほうが色っぽくて可愛いね」とEに言われ、不意に手を引かれる。
強引に空いているソファの真ん中に座らされ(別に嫌ではなかったが)、両隣にネットでチェック済みの男が二人、どすんと腰を下ろしてきた。

「君は俺たちの相手してね」

何だかよく分からないまま、二人の男の手にあらゆる場所を撫でまわされ、無意識に声を上げてしまうと、
もう服を脱がされ、物の数秒で素っ裸にさせられた。
周囲が唾を飲んだのが聞こえた。

「稀に見るな。綺麗だ」

言ったのはEで、だが反応を返す間もなく、両サイドからの激しい愛撫が始まり、
同時に左右の乳首を吸われ、あまりの強引さに火をつけられ、
「あっ…あっ」
男たちの指が下へ流れる頃には、そこは洪水状態だった。

「この刺青、いいね」

左胸の刻印のことだ。乳首を含めて、絵の部分も舐められる。
太腿の内側を摩られ、「ここもだ」と些か興奮した声音で、男が執拗に愛撫してくる。

「そっちどう?」

高杉の孔に指を挿れている男が言う。


「こっちの兄ちゃん、テクニック半端ねえよ。見ろよ、ああいいよ、こいつのしゃぶり」


ふわふわとする感覚で会話を聞き取り、誰の話をしているのかと思って、高杉は薄ら目を開けた。
驚愕した。

こんな形の初対面とは、思いもよらなかったのだ。
向いに長身の筋肉質の男が3人立っていて、その真ん中に膝をついている男。
既に服は脱がされており、一人ひとりの男根に獣のごとくしゃぶりついて、それも休むことなく、とにかく早い。
感心したのは(そんな場合でもなかったが)、空いている手は舌の代役をきちんと果たしていて、
残りの二人のそれを扱いていた。後に高杉は彼を、テクニック面で「師匠」と呼ばせてもらうことにした。


彼が、「銀」という男だった。


「おお、イっちまうっ」
「俺ももう限界だ。兄ちゃん出すぞっ」

体格のいい中年が、3人揃って情けない呻き声をあげ、容赦なく、彼の顔面に汚い欲の塊を放射した。
3人分ともなるとかなりの量で、濃厚な白濁のせいで顔はべとべと。彼もさすがに辛かったのか、
何度も咳き込んで、飲みきれなかった液を床に吐き捨てていた。

高杉が想像していたような、人を荒々しく抱き、言葉で苛め泣かせるサディスト像は、そこになかった。
眼前の彼は男共に全裸にされて、咥えさせられている、そしてそれを悦んでいるマゾヒズムの性獣。
信じがたい光景だった。

「ほら、君も休んでる場合じゃないよ」
「んうっ」

片方に唇を奪われ、野太い舌に口内を荒らされる。
さすがにいい加減この場に馴染んできて、苦悶の表情になりながらも、高杉も負けじと舌を出し、相手の男と糸を引き合った。

「エロいね。俺はこっちを」

キスに夢中になっている無防備な高杉に、さらに魔の手が忍び寄り、もうひとりが背後から乳首を捏ねくりまわしてきた。
抵抗できない状態、というのが自分は好きで、何故かと言えば、ひとつは退屈しないから。
退屈する、というのは、自分に必要のない余裕がある時に起こり得る感情だ。
それも最大限に自由な状態であると思われるが、実際はまったく自由ではなくて、大して面白くもないのに、その環境に縛られているのだ。

何処までされるのかが自身でコントロールできない(どんなことでもされてしまう可能性がある)ことへの恐怖感。また、快感。
そこから来る本能の解放。まさに高杉にとって、最高のセっクスとは、それだった。

「咥えて」
高杉も奉仕の段階に入る。一方の男のものを懸命にしゃぶっていると、体勢を四つん這いにされ、
尻を突きださせられると、後ろからもう一方の肉塊に貫かれる。

「んん、うんん」

上も下もたまらない。
高杉の中の性獣が首を擡げ始め、男根を呑みこんでいるそこも、腰の動きも、奉仕する口も「牝」と化した。
後ろからの刺激が強すぎて、奉仕がおざなりになると、髪の毛を掴まれて、喉まで押し込まれる。
これまた痺れるのだ。

「貪欲な子だね。腰つきで分かるよ」
「ああ、ん、んん、ううっ」
「せっかくだから、あっちと見せ合いっこしてみるか」

ほとんど会話は聞こえなかったが、急に上のそれを引き抜かれたので、すかすかして口寂しくなった。
下も一旦結合が解かれ、男はソファに座り、高杉はその上に乗せられる。
両脚を限界まで広げられ、再びの結合。
向こうに性器を剥き出しにした形となる。

「じゃあ、兄ちゃんのほうもやってみよう」

「銀」という男にも、高杉と同じ体位をするよう迫った。彼は眉間に皺をよせ、嫌がっていた。

「滅多に使わねえから、勘弁してくれ」
「そう言わずに。最初はゆっくり挿れてやるから」

彼も中々体格は良かったが、それ以上にガタイの良い3人に抑え込まれては、抵抗のしようがなく、
あれあれと言ううちに、腰を沈められ、開脚させられた。

まさに、これから二つの狂宴が始まる。

痛い、のだろうなと思った。彼は快感とは程遠い顔付きをしていた。
周囲の男どもは、それすら精力剤になり得るのだろう。
否、この時最もそれに頭を痺れさせたのは高杉だった。
いつかこいつと二人だけで、身体を絡ませることが出来たら、と。

「い、ってえ…っ」

歯を食いしばって頭を振る彼は色っぽく映り、高杉はこの時すでに、この男の“身体”に恋をしてしまったに違いなかった。
顔も、声も、身体の輪郭も。

「この子なんてほら」

不意に腰が浮いた。腸を掻きまわされる感覚に、高杉は悲鳴をあげる。それも、官能的な悲鳴。

「ああっ、ああっ、あ」
「やばいな、凄い締め付けだ。極上の身体だね」
「へえ、あの子いいね。兄ちゃんも、そう思うだろ?」

激痛で死にそうだとでも言うように、彼は軽く舌打ちをした後、高杉の方を呆然と見やっていた。
一方で視線を感じる間もないほど、激しい突き穿ちをされている高杉は、「品」という言葉とはもはや無縁。
自分でも驚愕するほど、裏返って艶やかで、物凄い声をあげていた。

挿入してない男二人から、嵐の接吻を受け、隆々とした肉塊で口を貫かれ、前を扱かれて、もうたまらないと言った感じで、
これこそ地獄なのだと感覚して、悦んで、身を委ねるのであった。

「イク、イクうっ」

高杉は音を上げた。吐精の欲を告げたのは他の連中も同じで、高杉のそこから白濁が飛び散ると、
透かさず挿入部から同じ色をした液が溢れ、また口の中には苦汁が流れ込み、咳き込むと、
顔にもかけられて、誰かの舌で執拗に舐め取られる。

「あっ」

聞こえたのは、もう一つの、低い悲鳴。虚ろな眼差しで眼前の光景を、高杉は見据える。

「気持ちよくなってきたみてえだよ、こいつも」
「はっ、ちっとも」
「どうかな」

突き穿ちの速度を上げると、高杉よりもうんと控えめで、ほとんど吐息と一緒だったが、声が毀れた。
確かに、彼の顔の緊張はいくらか解けていて、悩ましげな表情になっている。
高杉は男のモノを引き抜かれ、別の男の膝の上に移動させられると、また深々と男の滾りを埋められた。

「本当だ。中凄いよ」

先刻と同じことを繰り返しされ、喘がされて声が枯れ、高杉はまたもや気をやった。
3人目も同様だ。声はほとんど出てない状態で、疲れ果てていて、腰を動かす気力も失くしていた。
これが、地獄の果て。
何度イカせられたか、覚えていない。彼も、何度かイカされたのだろうか。

5.
意識がはっきりした時は、周囲の男どもはすっかりくつろぎ状態で、煙草を吸ったり、世間話をしたり、
普通のサラリーマンとしての顔を取り戻していた。
「シャワーを使っておいでよ、二人とも」

高杉はバスタオルを渡される。眠気に襲われて立ち上がると、すぐ傍を通り過ぎた人物に、再び目が冴える。
タオルを渡してくれたのは彼だと、その時分かった。

「『銀』だよな?」
「ああ、偉いね」

ちゃんと名前と顔を一致させて来たことに対しての、褒め言葉らしかった。

「こういうのは初めてだから」
「どうだったよ?」
「結構楽しめた」
「なら良かったな」

浴室に入る。シャワーの温度を手で確認し、彼は高杉に「これくらいでいいか」と尋ねてきて、
首肯すると、そのままザアザアと身体にかけてきた。

「名前は?」
「晋助」
「本名?」
「うん」

背後に回ってきて、シャワーをかけながら、彼の手が高杉の身体を擦ってくる。

「本名は銀八」
「そうなんだ」
「学生だろ?」
「うん。どうして分かるの?」
「こう見えて教師だ、俺は」

驚いた。

「先生でも、こんなとこに来るもんなんだな」
「あのオッサン共見てみろ。あれで全員役職者だ」
「知ってるの?」
「する前に聞いた」

ボディソープを使われると、高杉は少しくすぐったくなり、身をよじる。

「今日は絡めなかったな。このエロい身体を、どうにかしてやりたかったのに」
「あっ!」

乳首を指先で摘まれる。たちまち全身が昂揚し、呼吸が切迫した。

「…っ、今から、する…?」

高杉の声が期待に震えあがる。この男に抱かれることを渇望していたからだ。

「今度にしよう。今ケツが痛い。これが治らんことには」
「銀八は、普段受け身?」
「まさか。セっクスは臨機応変、てな」

加齢臭を放った中年が相手では、自分が受け身にならざるをえない、と言う。それは高杉も大いに納得した。

「いつ、抱いてくれる?」

身体を清めた後、高杉は向き直り、この年上の美男子に惚れぼれしながら、甘えるような表情で尋ねた。

「平日の夜なら構わねえよ」
「明日は?」
「は、せっかちだな。いいぜ」

裸になった時の大胆さは、自分でも驚かされる。服に身を包み、都会の喧騒や、人ゴミに紛れている時の自分の心は、
実に陰鬱で、つまらなく、ぎちぎちであった。

「これ、いいな」

服を着ようとする前に、左胸に指を宛がわれる。刺青のことだ。
「俺も真似しようかな」と、冗談なのか本気なのか(それは自分たちにとってはどうでもいいのだろうが)、
じろじろと観察してきて、その後「どこで彫ったの?」と尋ねられた。
「彫るなら今度紹介する」と、何時になるか分からない約束を、高杉は持ち出した。
彼はやはり、曖昧な反応をして笑うだけだった。

「アド頂戴」
「うん」

解散後、他の男どもが家庭に戻って行くのを見計らって、携帯を翳す。
一歩外に出ると、自分たちも赤の他人に違いなく、それ以上突っ込んだ話は避けて、早々にお互いの日常へ帰るのだった。


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