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□雨を呼ぶひと。
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―――あれ、
いつの間に咲いてたんだろう。
淡く儚い色をした、小さな桜の花。
澄みわたった青い空とは逆を向いて伸びている幹は今にも折れそうで。
そんな脆そうな幹なのにしっかりと小さな花たちを咲かせている。
久しぶりに外にでてきた。
最近はずっと雨が続き、家から出たくても気分も乗らなかった。
こんなに清々しい日はいつぶりだろう。
彼が2週間ぶりに来たときもこんな少し肌寒くて雨の匂いが仄かに香る夜だった。
今度はいつ来てくれるのか。気まぐれな人だから。
家に近づくにつれて空がピンクとオレンジのグラデーションになっている。
明日も晴れそうだ。
「あれ‥‥?」
玄関の前に派手な女性用かと思わせる華やかな着流し、前髪からわずかに見えて左目を隠す包帯に左手には街灯で光る煙管。
間違いない。
彼が会いに来てくれた。
「‥‥‥よォ、」
「し、し、晋助!」
夕飯に使う食材が入っている袋が地面に向かってガジャンと落ちてしまった。
思わず首筋に絡めた腕に応えるかのように腰に巻きついた、強いしっかりとした腕。
耳元にかかる温かい吐息に体の底が疼く。
急いで袋と彼の腕を掴んで家に入りながら他愛ない会話。
一方的に私が話しているだけだけど、彼は無愛想に小さく相槌を打ってくれていて改めて私しか知らない彼の優しさが感じられる。
愛しいが溢れてどうにかなってしまいそうだ。
雨を呼ぶひと
私の思いも雨と一緒に彼の中に染み込めばいい。
20120418
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