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□腕の中で無言の愛を叫んだ
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愛してやまない男がいた。
狂いそうなほど愛した男がいた。
一生を捧げてもいいくらいの男がいた。

それほど、溺れていたの。
当時の私は。


彼は容姿端麗で文武両道で優しくて。
私には勿体無いくらいの、完璧な人だった。
私は彼を心の底から愛していたし、彼も同じだと思ってた。

いつしか、2人で永遠の愛を誓った。
正式な物ではなく、口約束だったのだけど。
そのときは泣きそうになるほど嬉しかった。
幸せに浸っていた。愛を感じていた。




…――なのに



「村をでていった…?」


   


彼は突然、姿を消したのだ。
あれだけ私に愛の言葉を囁いていたと言うのに、
一生を捧げるつもりだったのに。
自分の立場を捨てて、一般市民の彼に嫁ごうと思っていたのに。

この秘密の禁断の恋の存在は彼の弟子だけが知っていた。
その弟子が朝、いつもの如く彼の家に行くと、
もう既に彼どころか、家の中全てもぬけの殻だったらしい。



「…なぜ?」


  



「わかりませぬ。
村中探しましたが、この文(ふみ)以外、
一切残ってはおりませんでした。」


弟子が懐(フトコロ)から文を取り出し、私の手に乗せる。
中を見ると正真正銘彼の字だった。

彼らしく、無駄な言葉はなかった。




『名前殿は同じ世界の男と一生を過ごすべきだ』と。
その為に村を去ったと言うの?



ずるいですわ…。
自分だけ、自分だけ格好つけるなんて。

そんな貴方を愛してるというのに。





涙が止まらず、ただただ鳴咽を繰り返し、
声をからして彼の名前を呼び続けた。
文を握り締め、墨で書かれた力強い彼の字は滲んでいった。


この日、私と彼の関係に終わりを告げたのだ。




……――




  
「…懐かしい夢」

「Ah?名前が夢を見るとは珍しいな。どんな夢だった?」

「…あら、私が昔好いていた殿方の話ですのに。
政宗様はご機嫌を損ねますでは?」

「わかってるじゃねーか。

だが、
自分の女が愛した男はどんな奴なのか。
お前に相応しい奴だったのか。俺より強いのか。
気になるもんは気になっちまう。
You see?」

 

「政宗様に私が過去の恋愛をお聞きしても
何も仰ってはくれないじゃないですか。卑怯ですわ。」



そして2人で顔を見合い、笑みを零す。

今、私は彼に言われたとおり
自分と同じ世界の殿方と幸せを共にしている。
天下を目指す、奥州筆頭の立派な御方と。

  


彼とは違い時々意地悪いことをされるけれど
私の意見を優先して聞いてくれるし、
言っていることは全て正しいこと。

我儘で子供っぽいところもあるけれど
政宗様の笑顔を見られると嬉しく感じる。


今、私はとても幸せ。
“政略結婚”という堅苦しい結婚だったけれど
政宗様はこんな未熟者の私を愛してくれるし
私も政宗様を愛している。


  

 
彼と比較することも最近では少なくなり、
日に日に彼の存在は小さくなっていく。
それだけ私の中で政宗様は大きい存在になっている。


そして彼がしてくれなかったこと。



それは、同じ目線で見てくれないこと。
下の名で呼んではくれないこと。


政宗様は同じ目線どころか上の目線。
それは私にとっては『安心』なのはつい最近気づいた。
ほっとするのだ。でも多分、政宗様だから安心するんだろう。

また、下の名を1日に数十回と呼んでくれる。
意味もなくお呼びされるのも、日常茶飯事。
それでも嬉しいのだ。自分の名をあの低い声で呼ばれると。
左胸が疼くのがよくわかる。

政宗様の為に南蛮語も猛勉強したのだ

こんなにも彼と同じくらい、それかそれ以上に
政宗様に溺れ、尽くしている。



「政宗様。」
  





「私は心の底から貴方様をお慕いしております。」



急に言うものだから驚かれたのだろう。
左目を丸くされた。



「浮かねー顔してどうしたかと思ったら
Cuteなことを言うのか。
明日は真夏の雪でも降りそうだな。」

「失敬な。私だって、されっぱなしは嫌ですもの。」



さて、朝食を頂きましょう。と立ち上がろうとした瞬間
左腕を引っ張られ、また布団の中、
いや、政宗様の分厚い胸板に飛び込んだ。



「政宗様?」





上からじゃ表情を読み取れない。
政宗様の顔も見えない。
腰にしっかりと腕を回され身動きもできない。

一体どうしたのだろう。



「・・・お前は、俺のもんだ。永遠に。
過去に好いてた男なんか全部忘れさせてやりてぇ。
俺だけを見てろ。」










腕 の 中 で 無 言 の 愛 を 叫 ん だ



―――もうとっくに忘れているというのに。
貴方以外目に入らないというのに。

早く貴方に信じてほしいと
切実に願った。



20110626
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