BL


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ガラスの割れる音で目が覚めた。

驚く間もなく聴覚に次々と飛び込んでくる音、音、音。

野太く荒々しい男の声、ガラスを踏み割ってゆく無遠慮な足音、そしてけたたましい銃声。


「………」


最初こそ驚きはしたものの、すぐに平常心を取り戻し、俺はゆっくりとベッドから起き上がる。

視界に入るのは、いつも通りの俺の部屋。

トレミーの中なので窓なんてものは当然存在していない。


「……すみません、起こしてしまいましたか」


俺のすぐ傍でベッドの縁に腰掛けるようにして、ティエリアが座っていた。

先程から止む気配のない破壊音はティエリアの手元から響いている。

急いで下げたのか、音量は最初に比べて随分小さなものになっていた。


「音をミュートにして、ニュースでも見ようと思ったのですが……」


俺を起こしたことを申し訳なく思っているのか、落ち込んだように俯くティエリア。

長い睫毛の影が滑らかそうな肌へと落ちてゆく。

そのまま黙ってしまったので、こちらから先を促すことにした。


「早速TV開いてみたら音量が最大値に設定されてたー、…とか?」


「……そんなところです」


ティエリアは顔を俯けたままで言う。

ほんの小さな失敗ですぐに落ち込む彼の習性を、俺はもう十分理解していた。

なので焦ることも戸惑うこともしない。

俺は苦笑いを浮かべて、俯いているティエリアの隣にそっと座る。


「まぁ、せっかくお前さんが居るのに寝てばっかじゃ悪いしな。むしろ起こしてくれて良かったんだぜ?」


「しかし、貴方はミッションから帰還したばかりで…、」


「細かいこといちいち気にすんなっつーの。」


内心では落ち込むティエリアを可愛いと思いつつ、さらさらした髪を撫でてやった。

寝る前に手袋をはずしていたので、柔らかい髪の感触が手に直接伝わってくる。

ティエリアは幾らか緊張しながらも、特に嫌がる様子もなく俺に撫でられるがままだ。

次第に緊張がほぐれてきたのか、気持ち良さそうにゆっくり目を閉じた。

……なんだか猫みたいで可愛い。

もっと見たくなって、つい熱心に撫でてしまう。


「………」


本来なら警戒心の強いティエリアに対してこんなことを当たり前に出来るようになったのは、かなり前のことだ。

最初の頃に比べたら随分と俺に懐いてくれた。

とは言え、いまだにキスでさえ唇が触れ合う程度のものしかしていない。

いくらなんでも進展が無さすぎだ。……俺らしくもない。

そんな風に思うことも多々あるが、裏を返せばそれだけ大事にしていて、慎重になっているということだ。

…まぁ、せめておはようのキスくらいは自然に出来るようになりたいんだが。


「……それでも俺の部屋に入り浸るくらいには、気を許してくれてんだよな…」


「?…何の話ですか」


「いや、なんでもない。…ところでさっきから流れてんのは、映画か何かか?」


話題を変えて、それを切目に頭を撫でるのをやめた。

まだ触れていたかったが、これ以上はさすがにしつこいだろうから自重しておく。

俺に問われ、ティエリアは端末が表示し続けている映像をじっと見つめる。


「どうやらアクション映画のようです」


「あー、そういや毎週この時間は映画の放送やってたっけなぁ」


「そうなのですか?」


「けっこう昔からやってんだぜ?って言ってもお前さん、ニュース以外の番組は全然興味なさそうだもんな〜」


「そうですね。映画を見る暇があるのなら、ニュースを見るか本を読むほうがよっぽど良いですから」


すっかりいつもの調子を取り戻し、生真面目に言うティエリア。

なんか…澄ましたお嬢様みたいだな。

プライドの高さから言えば女王様のほうが似合うかもしれない。

確かに俺も、映画よりは断然読書のほうが好きなんだけど。

かと言って映画を全く見ない訳ではない。それなりに好きではある。

人並みに、話題作なら映画館まで行って見るくらいのことはする。

……ん、そういやこの映画も確か、映画館で見た覚えがあるな。

端末が映し出す映像をじっと眺める。

画面の中では黒いドレスを着た女性が、銃を片手に屈強そうな男達を次々と倒していた。

……あ、やっぱり。あの映画か。

次第に映画の題名や大まかなストーリーも思い出してきた。

この女性が主人公で、確かこの場面はスパイとしてパーティーに潜り込んでいて、それが途中でバレて敵と乱戦になる…というシーンのはずだ。


「……こんなもの、何が面白いのか分かりません」


ふと、ティエリアがぽつりと呟きを漏らした。

心底つまらなさそうな声だった。

その声音に思わず俺は苦笑を浮かべる。


「そうかぁ?映画も見てみるとけっこう面白いんだぜ?気晴らしにもなるしな」


たまにはこういう空想の物語に浸ってみることも必要だと、俺は思う。

現実的に考えればこんな大勢相手に女一人で勝てる訳がないし、大体何のバックアップもなしにパーティーに潜入すること自体が無謀としか言いようがないが。

ティエリアも同じようなことを思ったのか、不満げに言う。


「この女性が何をしたいのか僕にはさっぱり分かりません……。本当に生き延びる気があるのだろうか」


「ま、そこはフィクションだからな。気にせず気軽に見りゃいいのさ」


「そもそも見ようという気になれません」


「そう言うなって。この映画なら俺も見たことあるし、面白さは保証するからよ。放映されてた頃は凄い人気だったしなー」


「人気?…これが?」


懐疑的なティエリア。

非現実的なものや道理の通らないもの、大っ嫌いだもんな。


「つーか、人気だから今こうやって放送されてんだぜ?視聴率取る為に。」


「………なるほど」







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