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□花と言葉
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自室に戻り、椅子に腰掛ける。
そして先程のフェルトの言葉を思い出す。
「………花を贈る、か」
僕がもし誰かに花を贈るとしたら。
その誰かというのは、誰のことになるのだろう。
そして、贈る花には、どんな気持ちを込めることになるのだろう。
「…………。」
分からない。
……というのは嘘で。
真っ先にある人のことが頭に浮かんでいた。
…渡しても、迷惑にならないというのなら……。
――僕はあの人に、花を贈りたい。
次の日。
「…今日はこんなことがあったぞ」
いつものように、とりあえず今日1日の出来事を植木鉢に向かって話しかける。
1日の出来事と言っても、もちろん僕の周りで起きた事ではなく、ニュースで仕入れた社会情勢についての話題だ。
事件や経済、あまり詳しくないが芸能についても、ニュースで知ったありのままを話した。
「…今日はこの辺にしておくか」
「たまには褒め言葉も言ってあげないとダメだよ、ティエリア」
一通り話し終わって帰ろうとしたその時、ふいにフェルトにダメ出しをされた。
「………駄目だろうか」
「そんな話ばかりじゃ、きっと退屈しちゃうもの。
時には褒めてあげなきゃ」
フェルトは割と真剣な表情だった。
…どうやら拒否するのは無理そうだ。
「…………。…あー、…その、
…つぼみが以前より、大きくなったようだな………」
言いながら、やっぱり何だか恥ずかしい。
植物を褒めるだなんて、いまだに馬鹿馬鹿しい気持ちになってくる。
「…うーん、褒めるのが苦手なのかな?ティエリアは」
「…。その見解は当たっているかもしれないな」
はぁ、と思わずため息をついた。
僕だって、好きでこんな無愛想でいる訳じゃない。
昔とは違って、優しく在りたいと思えるようになったけれど。
それでも根本的な部分はなかなか変わってくれないようだった。
……特にニールの前では。
「じゃあ…、せめてもっと楽しそうに話してみてよ」
フェルトがふと思いついたように言った。
「ぼ、僕としてはそちらの方が難しいんだが……」
「大丈夫。ティエリアが今日嬉しいって思ったことを話していけば、自然と楽しい気持ちで話せるよ」
「……………。」
と、言われても。
嬉しかったこと……なんて。
何かあっただろうか。
今日の僕が、嬉しいと思ったこと………。
――――………。
………1つだけ、思いついた。
「…あ。そうだ私、スメラギさんに用事があったんだ」
唐突にフェルトが言った。
「そうか。ならもう行くといい」
僕が言うと、フェルトは申し訳なさそうに頷いた。
そんな彼女に、少し躊躇ってから頼み事をしてみた。
「僕は…もう少しここに居ていいか?」
「うん、いいよ」
あっけないくらい簡単にフェルトは返事をしてくれた。
「というか、これからは私が居ない時も自由にこの部屋に居ていいよ」
にこやかにそんなことを言うフェルトに、思わず唖然としてしまう。
「…さすがに女性の部屋に勝手に入ることなど…」
「勝手にじゃないよ、私が許可したんだから。ティエリアなら変なことしないだろうから安心だし」
「……………。」
だからと言って、本当に良いのだろうか?
………良くない気がする。
「じゃあ、私はもう行くね」
フェルトは僕に構わず、部屋から出て行ってしまった。
部屋に取り残された僕。
と、植木鉢の植物。
「………。」
…フェルトに許可をもらったことだし、僕はもうしばらくここに居ることにする。
何故だかもらう気も無かった許可まで、もらってしまったけれど。
「…嬉しかった、こと……」
……せっかくだから、
話してみようか。
嬉しかったのかどうか、実際には良く分からないけれど。
さっき思いついた、僕が今日、嬉しいと思ったこと。
「…………今日は、」
僕は植木鉢に向かって話し始める。
静かな声で。
小さな声で。
心を少しずつ、開いてゆくように。
今日は、……あの人に本を貸してもらったんだ。
その本は、僕が前から読んでみたいと思っていた本で……
…だからお礼を言いたかったのに、…恥ずかしくて、言えなかった。
言葉が上手く出てこなくて、……言いたかったのに。
けれどあの人は、僕を見て微笑んだ。
びっくりするくらい優しく、微笑んでいた。
……不思議に思って理由を聞いてみたら、
『お前が喜んでくれたのが分かったからだよ』
――あの人は、そう言った。
僕は、
何も、言えなかったのに。
ありがとうさえ、言えなかったのに。
あの人は、察してくれた。
分かってくれた。
でも、
何故、…僕のことを。
どうして…僕の気持ちを……
あの人は。
いつもいつも。
すぐに、分かってくれるのだろう。
「………これが僕の、今日、嬉しいと思ったこと……」
―――気が付けば。
とても穏やかな気持ちで、僕は植木鉢の植物に話をしていた。
…ニールの話を。
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