BL

□大切な貴方へ
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2月13日、21時30分。


バレンタインデー当日まで、あと2時間半。




「……おかしい。朝から調理室に篭って作っているというのに……」


なのに1個も成功と呼べる代物が出来ていない。


あるのは炭のようなよく分からない物質だけだった。


「……………。」


落ち込みきった表情で、ティエリアは床に座り込む。


ティエリアは自分がここまで苦戦するとは思っていなかった。


多少の不器用さは自覚していたけれど、…それでも大好きな人の為ならいくらでも頑張れると信じていた。


けれど、どんなに頑張っても良い結果が出せない。


「……………。」


喜ぶ顔が見たかったのに、…このままじゃ何も渡せなくなってしまう。


そんな考えが浮かび、ティエリアは無力感や情けなさで胸が裂けそうになる。


無意識の内に、大好きな人が失望する様子を想像してしまう。


暗い感情が胸の内で渦巻いて、ティエリアは気力を失いかけていた。



と、その時、



調理室の扉が、がちゃりと開く音がした。


「なんだ。こんな所に居たのかティエリ、」



ばったーーん!!


と、ティエリアは反射的に勢いよく扉を閉めた。


調理室に訪れた人物を追い出す為に。


「……な、何でこのタイミングで現れるんですか、貴方は!!」


「いててて…。なんだよ来ちゃ駄目だったか?」


「駄目です!!最上級に駄目です!!」


「………えー。」


やって来たのは、ティエリアがチョコレートを渡そうとしていた人…つまりニールだった。


ティエリアは耳まで真っ赤になりながら、ドア越しにニールに言う。


「ど、どうしてこんな時間にこんな所に来たんですか」


「…今日は朝からティエリアに一度も会えてなかったから、探してたんだよ」


「……………。」


探してもらえたということは嬉しかったが、今日に限っては若干困る。


「あ、あの…、今ここは立入禁止なので、その……帰って下さい」


「え、何でだよ。……つか、お前はそこで何してんだ?
もしかしてバレ、」


「違います違います別にバレンタインのチョコレートなんか作ってません断じて違いますから本当に!!!!!」


「…………………そ、そっか。」


「…や、…やく、」


「『やく』?』


「薬草を調合していたんです………………」


「……………………。」


ニールは大人の優しさとしてツッコミを入れないであげることにした。


けれど、このままティエリアの言う通りにして帰るのも気が引けた。


なんとなく、ティエリアの声色から落ち込んでいるような雰囲気が感じ取れたからだ。


「……なぁティエリア。」


ニールはなるべく穏やかな声でティエリアに話しかける。


「俺も手伝おうか?……その、薬草作り、だっけ?」


「………………。別にいいです……」


ニールの気遣いは嬉しかったし、本当は手伝ってもらいたい気持ちでいっぱいだったけれど、ティエリアは拒否した。


さすがに渡す相手と一緒にチョコレートは作れない。


「…僕一人でも頑張れます。…大丈夫です。
だから、もう帰って下さい」


「……………そうか」


ニールは少し残念そうに言った。


「じゃ、帰って寝るわ。…あんまり無理すんなよ?」


「……分かってます。」


「…ん、分かってんなら良いわ。じゃあな、頑張れよティエリア」


ニールは最後に明るくそう言って、調理室のドアの前から去って行った。


「………………。」


足音が聞こえなくなってから、ティエリアは調理室のドアにもたれてずるずると床にへたり込む。


頭の中ではニールが先程言った言葉が、


「頑張れよ」という言葉が、…温かく響いていた。


「……はぁ」


ティエリアはため息をついて、天井を見る。


けれどその表情に、さっきまでの暗さは無かった。


ニールの何気ない一言で、不思議と頑張れそうな気持ちになっていたからだ。


ティエリアはそんな自分を単純だと思いつつ、…同時に何故か嬉しくも感じていた。


「……よし。」


ティエリアは床から身体を起こす。


もう失敗したくない。


美味しいチョコレートを作って渡したい。


けれど、たとえ失敗したとしても…ニールはきっと、笑顔で受け取ってくれる。


そう強く思いながら、ティエリアは調理器具を手に取ったのだった。







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