長編。

□1.『初日』
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昼。




ここはとある街のとあるマンション。


…の、とある1室。


玄関口の表札には2人分の名前が記載されている。


1つは僕の名前。


もう1つはあの人の名前。


買い物を終え、我が家のドアの目の前に立ち、表札を眺める。


嬉しすぎて、思わず頬が緩んでしまう。


買い物袋を一旦足元に置き、家の鍵を探す。


ついこの前、あの人から渡されたばかりの鍵だ。


『俺の家で一緒に暮らそう』と言われてこの鍵をもらった時は、心臓が止まるような思いだった。


今もちょっと不整脈かもしれない。


…恋の病というのは本当に健康に悪い。


「………ふぅ、」


鍵を使ってドアを開ける前に、1つ深呼吸。


ただ鍵を開けるというだけの動作にさえ、若干緊張していた。


「……、よし。」


深呼吸を終え、僕は鍵穴にゆっくりと鍵を差し込んだ。


そのまま鍵を回し、施錠を解く。


開いた…。


何故か少し驚いてしまう僕。


いや、これでもし開かなかったらおかしいけれど。


ドアをそろそろと開き、家の中に入る。


中には誰もいない。


僕がここに引っ越す今日、本当はあの人は休日だったのだけれど、急な仕事が入ってしまって今はいないのだ。


寂しいという思いはあるが、この方が好都合のような気もする。


ダンボールの中身を見られたくはないから。


量はそんなに無いから、あの人が帰ってくる前には全て片づけられるはず。






台所に入り、買い物袋の中身を出す。


中身は全て食料品だ。


食器類や洗面道具類はすでに揃えてあったので、今回はこれだけの買い物で済んだ。


ちなみにその食器等を揃えておいてくれたのは、あの人だ。


しかもどれも実用的で無駄な修飾の無い、僕好みのものばかり。


2人用の箪笥や椅子等の家具も、事前にあの人が買っておいてくれた。


おかげで僕は今日、自分の荷物の入ったダンボールを片づけるだけ済む。


あの人は本当に手際が良いし、気遣い上手で優しい。


…尊敬する。


というか敬愛する。


「………。愛…」


自分で言っておいて何故か恥ずかしくなってしまった。


…いや。しかし、…もういい加減で素直になろう。


ツン期はそろそろ終わりにしよう。


これからはあの人と2人でデレ期な生活を送るんだ。


朝、目が覚めたら、笑顔で「おはよう」と言おう。


夕方、あの人が帰ってきたら、笑顔で「お帰りなさい」と言おう。


夜、眠る前には、笑顔で「おやすみ」と言おう。


……そうだ、笑顔。笑顔が大事だ。


笑顔笑顔。


……………。


……出来るだろうか。


あの人の前だと恥ずかしくて緊張して、顔もまともに見れなかったりする僕なのに。


1人の時はあの人のことを考えていくらでも笑顔になれるというのに、不思議だ。


「頑張ってデレよう……」


自分でも若干不可解な決意を固めながら、とりあえず食料品を冷蔵庫に片づける。


それを終え、今度は床の上に置かれたダンボールに向き直る。


ダンボールの数は全部で4つ。


………我ながら少ない。


中身は衣料品と本が大半だ。


あの人は本棚も買っておいてくれていたので、簡単に片づけられるだろう。


しかし、問題はそれ以外の僕の所持品だった。


僕はダンボールの内の1つを開け、中を覗きこむ。


「こんなもの、一体どこに片づければ………。」


中身は全て、今まであの人にもらったものだった。


『お前は物欲がなさすぎる』とか言いながら、あの人は僕に色んなものを贈りつけてきた。


手帳、服、文房具、アクセサリー、置き時計、クッション、ぬいぐるみ、それから何故か加湿器、その他もろもろ。


どれも、全く使っていない。


…もったいなくて使えない。


そして恥ずかしくて使えない。


特にぬいぐるみなんか使えない。色々と羞恥すぎて使えない。


ちなみにウサギのぬいぐるみだが、何故僕にくれたのか理解不能だ。


それから、プレゼントされた服は何故か女物だった。


しかもミニスカート。


……あの人は僕に何を求めているのだろう。


もらった時には本気で燃やそうと思ったのを今も覚えている。







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