頂き物

□本の虫、二人
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「兄さん、また本読んでるのかよ」

「ニールは本の虫ね」


遠い昔、そんな事を言って家族は笑った。

今ではもう、俺の事を本の虫だと言って笑ってくれる人は居ないけれど。





昔から本を読むのが好きだった。
ページをめくれば物語の住人になれるし、その世界に集中出来るというのもいい。
実際本を読んでいる間はかなり世界に入り込み誰かに話しかけられても気付かなかったり、おざなりにしてしまう程だ。

だけどただ一人、介入出来る人物が居る。

「ロックオン、また読んでるんですか・・・その本も面白いのですか?」

閉ざされた活字のみの世界に響く声。

「ティエリア。ああ、これも面白いぜ。また貸そうか?」

「そうですね、お願します」

そう言ってティエリアは隣に座り、俺の左腕に背中をもたれさせた。
その手には俺が前に読んだ本。

「なぁ、今度地上に降りたら図書館行こうか」

「本を借りるのですか?」

「借りなくてもいい。読むだけでも。お前さんが読みたい本を見付けられれば」

「僕は・・・」

何かを言い淀み、ティエリアは黙ってしまう。
やっぱり地上は嫌なのか、そう思っていた。


だから、地上に降りて暇が出来た時
「図書館に行くのでしょう?」
と言ってきたのには驚いた。
気分が変わらないうちに場所を調べ、車に乗って向かう。

携帯端末で何でも調べられるこの時代でも、俺のように読書を好む人間は多いのだろう。
図書館は予想していたより大きく、たくさんの本が溢れていた。

平日の真昼間に図書館をぶらぶらするなんて、なんだかすごく贅沢な気分だ。
ほとんど貸切状態の中、散策を始めた。

途中まで一緒だったティエリアの姿はいつの間にかなく、何か興味のある本を見付けたのだろうかなんて思っていたら、背中に感じた気配がどんどん近付いて背中にぼすんと顔を埋めた。

「貴方を見失っていた・・・」

呟いた言葉に思わず噴き出してしまうと、ティエリアはバツが悪そうにまだ俺から離れようとしない。

「此処は広過ぎる」

まるで言い訳しているようで可愛いが、この状態では図書館に来た目的を果たせそうにない。
いや、この体勢は非常に嬉しいのだけれど。

「読みたいのないのか?」

「貴方が読んだのを読むからいいんです」

「ったく、いつからお前さんまで本の虫になっちまったんだ?」

「本の虫?何ですか、それ」

「本が大好きで本ばっかり読んでる人のこと」

「だったら、」

珍しく可笑しそうにくすっとティエリアが笑う。

「だったら、貴方も本の虫ですね」

今まで数えきれないほど読んだ本にも、こんな切なくて息苦しくてそれでいて温かな感情は書いていなかったはずだ。
本の虫だと笑ってくれる。
ただそれだけで、こんなにも。

「それから、僕は貴方ほど本を読むのが好きなわけではない」

ついでのようにティエリアが口を開く。

「貴方がどんな本を読んだのか、そしてどんな事を感じたのかが知りたいだけです」

ロックオンは知らない。
刹那もアレルヤも、その他トレミーのクルー全員が「本を読んでいるロックオンに話しかけたら無視された」と言っていた事を。
自分は決してされないそれに、ティエリアが密かに優越感を覚えた事を。

「なあ、やっぱりお前さんも何か見付けてそれ読めよ」

「だから、僕は」

ティエリアはさっきの話を聞いていなかったのか、と言わんばかりに口を尖らせる。

「今度は、お前が読んだ本を俺に貸してくれ。その本を読んで、どんな言葉でどんな事を感じたのか俺に教えてくれ」

ぱっと離れ、
「本を探してくる」
と言って歩いて行く赤い耳をした後姿に、最大で最強で最高の愛の告白を受け取った気がした。

本を借りて、滞在しているホテルで読もう。


読む物語は違っても、追う文章は違っても、
すぐそばに感じる愛しいぬくもりがあれば一人で読んでいるという気がしない。

一つの毛布にくるまった本の虫、二人。








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