BL
□癒してほしい
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幼い頃は、いつも一緒に居ることが『当たり前』で『常識』だった。
なにしろ、俺達は生まれる前から一緒に居たのだから。
互いに寄り添い合って生きることを、最初に知った。
それを疑いもしなかった。
…兄さんも、
俺と同じ気持ちでいてくれていると、思っていた。
―――思っていたのに。
「……どうして急にいなくなったりしたんだよ」
目を閉じたまま、独り言のように呟いた。
…口の中が乾いてカラカラだったが、何も飲む気になれない。
今の俺には、辺りに漂うコーヒーの匂いすら不快だった。
――喫茶店の隅の席、他の客からは死角になりやすい場所を選んで座った俺達は、小さなテーブルを挟んで向かいあっていた。
2人きりでこんな風に話をするのは久しぶりだ。
もちろん、話の内容は楽しいものじゃない。
だからと言って緊張を孕むような深刻なものでもない。
ただの、何でもない会話。それだけだった。
それ以上の意味なんてない、…向かい側に座っている兄さんにとっても、どうでもいい会話。
簡単にあしらえる、くだらない会話。
「………なぁ、ライル…、
俺がその質問に答える義務が、あると思ってんのか?」
苦笑混じりに兄さんが口にした言葉は、声音こそ優しいものに聞こえはしたけれど。
それでも予想通りの文面に、俺の心のどこかが小さく痛んだ。
「やっぱり、教えてくれないんだな」
閉じていた瞼を開き、兄さんの方を見る。
兄さんは俺の方を真っすぐ見据えていたらしく、目が合った。
「…、」
心臓がどくんと跳ねて、反射的に目をそらす。
「……俺がわざわざ言わなくても、お前だって本当は分かってんだろ?」
静かな声で兄さんが言う。
本音の伺えない、事務的な口調だった。
「………分かんねぇよ」
ぽつり、と小さく呟く。
…そうして、痛みを吐き出すように言葉を紡いでいく。
「…兄さんが俺にも言えないような仕事をしていることは、何となく分かってた。
……だからって…、何で10年近くも音信不通だったんだよ」
「……………」
兄さんは何も答えなかった。
俺も何も言わず、…沈黙が続く。
思わず俯いて、また目を閉じる。
客の少ない店内の何処かで、コーヒーカップのたてる音が聞こえた。
……正直、兄さんが俺との連絡を絶った理由なんてどうでもよかった。
本当は、そんなことが知りたいんじゃなく。
ただ。
ただ、俺は。
こんなにも長い間、俺に会わずに居たのに…どうして兄さんはこんなにも平然として居られるのか、
……それを知りたいだけだったんだ。
双子は生まれる前から一緒で。
寄り添い合って生きてきて。
…それが俺達にとっての『当たり前』で、『常識』なのに。
だから俺は……兄さんにずっとずっと会えなくて、……苦しかったのに。
……俺が何度、兄さんを探してあちこちの国を歩き回ったか、貴方は知らないだろう。
知ったとしても、きっと……貴方は俺の期待するような言葉を、かけてはくれないのだろう。
兄さんには兄さんの事情があって、人生があって、
俺はそこに立ち入ることを許されていないのだ。
…寄宿舎に入りたての頃は、俺はむしろ兄さんとはそういう関係でいたい、なんて思っていた。
でもすぐに無理だと分かった。
俺には…兄さんが必要だった。
兄さんしか、要らなかった。
それにようやく気付いた時、……あのテロが起きた。
それから間もなく、兄さんと連絡が取れなくなった。
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