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□灰かぶりのお姉さま
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1.お母様の婚約


最近、また母の帰りが遅くなっていた。
どうせ、またどこかの男と会っているのだろう。
父が消えてから、いろいろな男の姿がちらつく。
母はまだ、三十半ばだから、きっと仕方がないのだ。
私の歳には姉を産んでいたし、元来男がいなくては生きていけない性質なのだから。
まあ、その血は、見事に姉が引き継いでいるのだが。
きっと父は、こんな二人にいい加減愛想が尽きたのだろう。
毎日毎日飽きもせず男の話をする二人を見ていると、父の気持がわかる気がする。
私は、ビスクドールをぎゅっと抱きしめた。

「マリー、アンジュ!」

ばたん、と扉の開く音がして、帰ってきた母の声が響き渡る。
ああ、私の静かな時間は終わってしまったのだ、とため息をついて立ち上がった。

「なぁに、お母様」

私が人形を抱いたまま部屋を出ると、母は顔を顰めてじろりと私を見た。
母は、私がこのビスクドールを大事に持っているのをとても嫌がる。
それがわかっていて、15だというのに常に持っているのだけれど。

「どうしたの、お母様?いいお知らせ?」

姉がトントンと階段を下りてくると、母はそれを見て満面の笑みを浮かべる。
母は、自分に姿も性格も似ている姉のほうがお気に入りなのだ。

「二人にいい知らせだよ。まぁ、ここにお座り」

母がどしりとしたチェアに腰かけ、テーブルの向いを指差す。
ハンドバッグを開ける、白い母の手。
パラパラと、隙間から零れる砂糖菓子。
どこかのパーティに行っていたのだろうか。
甘い香り、きらきら、きらきら。

「これが、いいお知らせ?」

私が座りながら問うと、母があきれたような顔をする。

「馬鹿だね、アンジュ。これはただの土産だよ」

白い小さな包みを取り出し、リボンを解く。
零れる、ビスキュイ、メレンゲ、マカロン。
それらとは明らかに違う、小さな金色の細工物の箱。

「これを、もらったの」

母がそれを開けると、澄んだオルゴールの音。
そして、ルビーがついた金色の指輪が、一つ。

「お母様、これ……」
「婚約指輪よ、マリー」

にっこりと笑った母は、女の顔をしていて。

気持ち悪かった。

「あなたたちに、お父様ができるの」

ただ、と母は言うとため息をつく。

「子供が一人、いるらしいのよね」

途端、姉の目がきらりと輝いた。

「男の子?」

残念ながら、と母は唇をゆがめる。
残念そうな姉とは反対に、少し私の胸がとくんと音をたてる。

「アンジュより、年下の女の子よ。シンディですって」

シンディ、と小さく呟き、ビスクドールを見つめてにっこりと笑った。

「明日、会いに行くわよ」
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