とらいあんぐる・ブック
□(2)
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高等部の門まできて、樺地はやっと手を離した。
鳳としては、ここからこそ手を握っていてほしいような心細さも覚えたのだが、上級生の群の中でも大きすぎる中学生二人は目立つ。そのうえ妙なことは言い出せない。
敷地内をおぼつかなく歩いていると、走っていた向日に出くわして、宍戸は練習用の第2コートにいると教えられた。
行ってみると、コートでは試合が行われている。それがどういう性格のものなのかは分からなかったが、ずいぶんと盛り上がっているように見えた。
宍戸は既に一戦終えた様子で、隅でクールダウンの柔軟を行っていた。
果たして彼が勝ったのか負けたのか、真剣そのものの無表情からは読み取れない。
目指す人の姿を見つけ、鳳はほとんど反射的に駆け寄ろうとした。
が、二人とは逆の方向から聞こえてきた、女性の、高く甘い声に足を止める。
「亮」
と、彼女は彼を呼んで、ドリンクを差し入れているようだった。
彼はというと、あまり感動した様子でもなくそれを受け取り、こういうことはしなくていい、とか、またなにか言われるぞ、とか、そういうことをぼやいている。
「私はなにか言われるの、嬉しいけど? どうせ嫉妬だもの、気分いい」
彼女は媚るような目で彼を見上げて、腕にするりと巻きつこうとした。
それを、ふいに響いた低音が阻む。
「宍戸先輩」
樺地の声だと、一瞬、誰にも判らなかった。
あまりにそれが凛としていたので。
「お久しぶりです」
「……おう」
突然現れた後輩二人に対しても、宍戸はなんだか無感動だった。
ずっと想像していたそのときが来た、そんな諦観のようだと樺地は思う。
鳳は、目の前で起こっていることの整理ができずにいる。
「この子……確か去年、亮と組んでたよね」
「つうか三年が睨んでっし、マジであっちいってろって」
「ん、じゃあね、また後で」
彼女がゆっくりと立ち去るのを、宍戸は長く目で追い、やがて彼らに向き直った。
「……で? なにか用か」
「日吉が」
質問に対して、樺地が口を開いた。
天変地異といっても良いほど珍しいことではあったが、鳳は青褪めて、なにを言えばいいのか全く分からない状態でかたまっている。
「新部長がどうかしたのかよ」
「行けって」
「なんで」
「長太郎が、宍戸先輩の、噂を、気にして……だから」
truth.
We came here to ascertain the truth.
樺地は呟き、苦い顔をわずかにする。
深く長く息をし、改めて言葉を探し当てた。
「宍戸先輩は、長太郎を愛してるのに、あの女の人とつきあってるの?」
……つきあってるんですか?
たどたどしく問われ、高い位置からまっすぐに覗き込まれて、宍戸はたじろいだ。
視線から逃れるように前を向くと、鳳が目に涙を浮かべ、鼻の頭だけ赤くしている。
「ああ。……つきあってるよ」
「どうして」
「どうしてもなにも。だって、もうとっくに終わってるんだ、俺たち」
早口で、宍戸は樺地の追求を避けるかのように言った。
「彼女、見ただろ。いい感じだと思わねえ? 顔はちょっと不細工だけど、スタイルいいし胸でかいし、背だってちょうど釣り合いとれるしさ。まさに俺の理想どおりだよ。お前らもあんま部活部活で世間狭くしてねえで、いい相手みつけてつきあえよ」
「? ……なにが……終わってるんですか?」
「樺地、もういいよ」
鳳が声を出し、樺地は困惑した顔で振り返った。
宍戸はどこかほっとした様子で、鳳の言葉を待っている。
頑張って、鳳は鼻をすすりあげた。
「俺、フラれちゃったんですね、宍戸さん」
「……悪い」
「しょうがないです、ていうか、すみません、俺が早く気がつけばよかったのに」
無理に笑おうとしたら、ここまでなんとか堪えていた涙がこぼれてしまった。
慌てて、ジャージの袖でこする。
「あの……今まで、ありがとうございました」
深く頭を下げると、うん、と宍戸は返事をした。
それから、
「お前も、俺のことなんかとっとと忘れて、彼女つくれよ」
ひどく無神経なことを呟いた。
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