とらいあんぐる・ブック

□(2)
1ページ/1ページ

 高等部の門まできて、樺地はやっと手を離した。

 鳳としては、ここからこそ手を握っていてほしいような心細さも覚えたのだが、上級生の群の中でも大きすぎる中学生二人は目立つ。そのうえ妙なことは言い出せない。
 敷地内をおぼつかなく歩いていると、走っていた向日に出くわして、宍戸は練習用の第2コートにいると教えられた。
 行ってみると、コートでは試合が行われている。それがどういう性格のものなのかは分からなかったが、ずいぶんと盛り上がっているように見えた。

 宍戸は既に一戦終えた様子で、隅でクールダウンの柔軟を行っていた。
 果たして彼が勝ったのか負けたのか、真剣そのものの無表情からは読み取れない。

 目指す人の姿を見つけ、鳳はほとんど反射的に駆け寄ろうとした。
 が、二人とは逆の方向から聞こえてきた、女性の、高く甘い声に足を止める。

「亮」

 と、彼女は彼を呼んで、ドリンクを差し入れているようだった。
 彼はというと、あまり感動した様子でもなくそれを受け取り、こういうことはしなくていい、とか、またなにか言われるぞ、とか、そういうことをぼやいている。

「私はなにか言われるの、嬉しいけど? どうせ嫉妬だもの、気分いい」

 彼女は媚るような目で彼を見上げて、腕にするりと巻きつこうとした。
 それを、ふいに響いた低音が阻む。

「宍戸先輩」

 樺地の声だと、一瞬、誰にも判らなかった。
 あまりにそれが凛としていたので。

「お久しぶりです」
「……おう」

 突然現れた後輩二人に対しても、宍戸はなんだか無感動だった。
 ずっと想像していたそのときが来た、そんな諦観のようだと樺地は思う。
 鳳は、目の前で起こっていることの整理ができずにいる。

「この子……確か去年、亮と組んでたよね」
「つうか三年が睨んでっし、マジであっちいってろって」
「ん、じゃあね、また後で」

 彼女がゆっくりと立ち去るのを、宍戸は長く目で追い、やがて彼らに向き直った。

「……で? なにか用か」
「日吉が」

 質問に対して、樺地が口を開いた。
 天変地異といっても良いほど珍しいことではあったが、鳳は青褪めて、なにを言えばいいのか全く分からない状態でかたまっている。

「新部長がどうかしたのかよ」
「行けって」
「なんで」
「長太郎が、宍戸先輩の、噂を、気にして……だから」

 truth.

 We came here to ascertain the truth.

 樺地は呟き、苦い顔をわずかにする。
 深く長く息をし、改めて言葉を探し当てた。

「宍戸先輩は、長太郎を愛してるのに、あの女の人とつきあってるの?」

 ……つきあってるんですか?

 たどたどしく問われ、高い位置からまっすぐに覗き込まれて、宍戸はたじろいだ。
 視線から逃れるように前を向くと、鳳が目に涙を浮かべ、鼻の頭だけ赤くしている。

「ああ。……つきあってるよ」
「どうして」
「どうしてもなにも。だって、もうとっくに終わってるんだ、俺たち」

 早口で、宍戸は樺地の追求を避けるかのように言った。

「彼女、見ただろ。いい感じだと思わねえ? 顔はちょっと不細工だけど、スタイルいいし胸でかいし、背だってちょうど釣り合いとれるしさ。まさに俺の理想どおりだよ。お前らもあんま部活部活で世間狭くしてねえで、いい相手みつけてつきあえよ」
「? ……なにが……終わってるんですか?」
「樺地、もういいよ」

 鳳が声を出し、樺地は困惑した顔で振り返った。
 宍戸はどこかほっとした様子で、鳳の言葉を待っている。
 頑張って、鳳は鼻をすすりあげた。

「俺、フラれちゃったんですね、宍戸さん」
「……悪い」
「しょうがないです、ていうか、すみません、俺が早く気がつけばよかったのに」

 無理に笑おうとしたら、ここまでなんとか堪えていた涙がこぼれてしまった。
 慌てて、ジャージの袖でこする。

「あの……今まで、ありがとうございました」

 深く頭を下げると、うん、と宍戸は返事をした。
 それから、

「お前も、俺のことなんかとっとと忘れて、彼女つくれよ」

 ひどく無神経なことを呟いた。

(3)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ