とらいあんぐる・ブック

□第一話 (1)
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 高等部で、宍戸に彼女ができた。

 その噂が囁かれ始めたのは四月の半ば頃だった。
 それにしても、卒業式で鳳がわんわん泣きじゃくり、宍戸が困った様子で彼を慰め…と思いきや、いつの間にやら二人で姿を消して、D1バカップル顕在、と男子テニス部員全員に妙な溜息をつかせた三月からさほど時間がたっているわけではない。
 なんだかあまりに唐突な話だったし、中等部の新三年生も高等部の新一年生も、それぞれの理由でもって忙しい時期だったせいか、誰も本気にはしていなかった。

 けれど、噂は細々と語られ。
 目撃情報なども寄せられるようになり。
 
 新人の戦力振り分けも大方終わり、部の体勢も固まって、休日のほぼ全てが練習試合で埋まりはじめた五月の終わり頃のことである。
 サーキット練習で凡ミスを繰り返している、あきらかに寝不足の続いている鳳の元に、日吉部長が苦虫を噛み潰した顔でやってきて言い渡した。

「……今から高等部に行け」
「は?」
「会って決着つけてこい」
「やだ」

 ぷいっと横を向いて、部長的に現在「でかいばっかで使い物にならない困ったレギュラー」は頬を膨らませた。
 部長はチッと舌打ちをし、傍で様子をうかがっていた、もう一人のでかいレギュラーに言いつける。

「樺地、コイツを高等部に引きずっていけ」
「いやだ俺、行きたくない。宍戸さんのこと疑ってるみたいじゃないか」
「みたいじゃなくて疑ってるくせに」

 部長がチラと周囲に目をやると、大勢が慌てて目を逸らしたが、中には真剣な顔で頷いている部員もいる。

「行けよ、鬱陶しい」
「やだってば。ちょっと忙しくて会えないくらいで高等部まで押しかけてったりしたら、絶対、ウザいやつって思われる。嫌われたら責任とってくれるの、若」
「なんだって? ……ウザいやつだと思われてないつもりだったのか」

 心の底から驚いた顔をして、日吉は、隣の樺地を見上げた。
 樺地は黙って首を横に振ったが、そのリアクションの意味が日吉には分からない。

「ほら! 樺地だってそんなことないって言ってるよ」
「……そうなのか、樺地」
「ウス?」

 樺地の返事は曖昧だったが、鳳はむうと唇の先を尖らせた。

「行かないからね、俺!」
「つれていけ、樺地!」

 日吉が指を鳴らすと、樺地は溜息をついて首を傾げた。
 三人の間に、妙な空気が流れる。
 やがて、樺地が口を開いた。

「……長太郎」
「行かないよ!」
「俺、今から跡部さんに会いに行く。高等部、一人では行きづらい。ついてきて」
「え」
「よし、いいぞ樺地」

 日吉がニヤリとし、鳳がぽかんとする。
 ラケットを持ったままの鳳の手首を、樺地はそおっと掴んで歩き出した。

「え? え……っ?」
「事実関係をはっきりさせるまで帰ってくるなよ、樺地」

 待って、と言いたかったが、声が出なかった。
 鳳にしても、やっぱり内心「はっきりさせたい」という気持ちがあって、
 樺地のつきそいという建前があれば……という甘えもあった。

 
 でも、まさか。

 まさか本当に「彼女ができた」なんて思ってはいなかったのだ。
 きっと、ただ忙しいだけで、
 宍戸はテニスを頑張っていて、
 だから自分はほんのちょっとほったらかされているだけなのだ、と。

(2)

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