平安絵巻

□△「弘徽殿」
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いよいよ、帝の後に続いて後宮へ足を踏み入れる時が来た。
今まで清涼殿から出たことのない跡部は期待と不安でいっぱいだった。


まずは弘徽殿(こきでん)。
ここには女御が住まわれているという。
中宮と呼ばれる最高級の后が空席の今、一番位の高い女官の一人だ。


「随分と久し振りになってしまい済まなかったね。瑠璃を連れてきたよ。さあ、おいで瑠璃」
「うん…あっ;『はい』」


女房達に后妃達の心証を悪くしないように丁寧な言葉を使うようアドバイスされているのだ。


「この方は弘徽殿の女御だ。右大臣の姫君だよ」
「る…瑠璃と呼ばれています。何も分かりませんので色々教えてください」
「……ええ」


元服前だという事と神の子だということで御簾は上げてあり、お互い直に姿を見ている。


「噂には聞いているだろう。先日空から舞い降りてきた神の御子だよ。可愛がってやっておくれ」
「…主上の仰せの通りに。ですが、本当に神の子なのですか。その枯れ草のような髪の色や洞のような色の瞳……鬼のようではありませぬか」


華やかで美しい顔立ちの女御は跡部を睨み付けた。
そんな目には現世でも遇ったことのない跡部はビクリと身を震わせた。


「そう言う者も未だにいるが、陰陽師に何度占わせても吉兆としか出ぬのだよ。神の子として大切に扱うようにと、あの○○の見立てだ」


帝が都の誰もが知っている超高名な陰陽師の名を挙げると、弘徽殿も引き下がった。


「そうですか。それでは主上がお心をかけられますのも仕方ありませんわね」

「ああ。それに神の子といっても頼りない所が多分にあるので放っておけなくてね。あまりに怖がりなので毎夜共に寝ているくらいなのだよ(笑)」

「まあ…それで全くお渡り下さいませんでしたのね」
「ああ、済まなかったね」


妬き餅顔を見せる弘徽殿を宥め、しばらく楽しげな話をして彼女の笑顔を取り戻させると、帝は腰を上げた。


「さて、今日のところはこれで。今度は瑠璃一人でも遊びに来させてやっておくれ。本当に素直で可愛い子だからね」

「…畏まりました。瑠璃様、どうぞよろしく」


そう言った女御だが、帝が視線を外した瞬間にまた跡部を悪鬼のごとき顔で睨んだ。
帝との会話に笑ってみせてはいたが、その間も帝に寄り添って甘えていた跡部が憎らしくて堪らなかったのだ。

跡部は突然の変わりように驚き、恐怖に袴を濡らしてしまった


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