平安絵巻
□△「管弦の宴」
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…それは跡部が麗景殿に移ってから数日後。
その夜は引っ越しのお祝いも兼ねて管弦の宴が催された。
そして、かなり大規模となったその宴には多くの貴族が出席した。
子供といえども主役である跡部は当然その場にいる。帝の横にちょこんと座り美しい調べにうっとりと耳を傾けていた。
…まあ、そうでなくとも「神の子」の肩書きを持つ跡部は政治に関すること以外は大抵フリーパスなので、これまでも帝に連れられて何度か小さな催しには出席した事があるのだが。
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…やがて、宴が最高に盛り上がった時、いつもよりも少し酔っていた帝は急にある提案をした。
「そうだ。実は瑠璃は今、琴を習っているのだが、それがようやく聴けるほどになってね。皆の前で一曲弾かせてやってはくれまいか」
もちろん異を唱える臣下などいない。
驚いたのはいきなり言われた跡部とお付きの女房達だけだ。
急いで用意された自分の琴を置かれ「さあ、瑠璃。弾いてみせてごらん」と名を呼ばれた跡部は仕方なく前に進み出て、このところずっと習っていた曲を弾き始めた。
するとそれは初心者とは思えぬ音色で、子供らしさを多分に残す音ではあったがそれがまた初々しく、聴く者達を唸らせるものだった。
「ほう…これは中々にお上手だ」
「いや、かなりのものですよ。恥ずかしながら幼少より習わせている私の息子などより余程…;」
美しい音色と皆の反応に帝も満足げに頷いている。
だが…
「…おや、惜しい。一音外しましたな」
「いや、段々と乱れてきましたぞ;」
聴衆がざわめく。
明らかに音が乱れているし、なんだか跡部の様子もおかしかった。
帝も思わず腰を浮かしかけたその時、誰かが「あっ」と声を上げた。
「ああ…;あれは…粗相をなさっておられるよ;」
よく見ると一音爪弾くごとに跡部が座っている場所に水が広がっている。
それはそのうちに誰が見ても明らかなほどになり「もう止めさせては…;」「いやしかしまだ演奏を続けておられるし;」と場はざわめくばかりだ。
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