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□△「雪の日」(入&跡)
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「…なんか寒いな;」
いつもよりもやたら冷えるのを感じてふと窓に目をやると、白い物がたくさん降っていた。
「雪だ…!」
朝から小雨は降っていたが、まさか雪に変わっていたとは。
「うわ。あの子大丈夫かな;」
学校からまだ帰らない跡部を思い、入江は案じ顔をした。
二人が同居を始めるにあたり、入江が跡部に出した条件の1つ。
『登下校の際、最寄り駅までの往復を徒歩ですること』
朝は駅まで歩かせ、そこから跡部家の車が学校まで送る。帰りも学校から家の近くの駅までは車で送られ、駅から徒歩で帰ってくるのだ。
実におかしな登校の仕方だが、毎朝毎晩、黒塗りの高級車が家の前までやってきて中学生を送迎するのは普通の一軒家には不似合いすぎ、しかし電車に一人で乗せるのは不安要素があるのでそうしている…いわば苦肉の策なのだ。
…というわけで、跡部は駅から徒歩で帰ってくる。
慣れない雪の中を。
「…迎えに行った方がいいよね;」
入江は上着と傘を掴んで家を出た。
****
跡部が駅に降り立つと、もう既に路面は白くなりかけていた。
雨の後に降りだしたから、地面の雪はシャーベット状で革靴に染みて冷たい。
「…入江に怒られても家まで車で帰りゃ良かったか;」
運転手も心配していたが、約束は約束だと無理に帰したのだ。
ともあれ、歩くより他ない。
跡部は傘を広げて歩き出した。
「うぅ…冷てぇ;ひ…冷える;」
高品質のコートはだいぶ寒さをしのいでくれたが、いかんせん足元からの冷えがたまらない。
靴からじわじわと染み込む雪混じりの水は靴下を濡らし足の指をかじかませる。
じんじん冷えるその冷たさはだんだんと全身を蝕み、尿意も高めていた。
(あー、やっぱ駅のトイレ入ってくればよかったか;でも苦手なんだよな;)
今時は駅のトイレも綺麗になりつつあるが、公園や駅のトイレというのは汚れていたり悪臭がひどいことも多々あるので、跡部はできるだけ入らないようにしているのだ。
だが、滑る路面に歩みも遅くなっているため、家に着くまで我慢できるか不安だ。
跡部は必死で歩を進めた。
だが…。
***
入江が家を出てから5分くらいたったとき、前方に跡部の姿を見つけた。
「跡部くん!」
急ぎ足で歩み寄ると、跡部は泣きながら歩いていた。
「……っく…(涙)」
訊かなくても入江には分かった。
恐らく…。
「…失敗しちゃった? 歩いてくる途中でかな?」
跡部は頷きながら肩を震わせた。
「うんうん。こんな天気だもんね。しょうがないよ。…さ、早く家に帰ろう」
背中を抱いて歩を促すと、跡部はまた小さく頷いて歩き出した。