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□泳ぎ疲れた私を救って
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 屋上に入ってきた黄瀬はわたしの方へと真っ直ぐに歩いてきて隣に座った。

「どうしたの?」
「…………」

 無言である。苦しそうな、哀しそうな表情で隣に座る黄瀬は何も喋らない。その手には昼食らしきパンがあったが、一向に袋を開ける気配がない。

「ちょっと、黙ってないでなにか言ったら……」
「渚っちは彼氏とかいるんすか?」
「いないけど。つか、前に訊かなかった? とっくの昔に別れてるって」

 口をようやく開いたかと思えばくだらないことを訊いてきた。最初にここで出会った時も彼氏がいるのかと訊いてきた。もしかして、屋上に来る前に廊下での出来事をこいつは見ていたのかもしれない。それで誤解しているのか。

「元彼とは何にもないよ。これからも関係を持つ気もない」
「本当っすか?」
「なんで、黄瀬が心配してんの。あんたはわたしの親か彼氏か」

 からかうように彼氏と言うと黄瀬はカァーっと顔を赤く染め上げた。え、何こいつ。どうしたの。

「黄瀬くーん?」

 わたしが顔を覗き込むと黄瀬は真っ赤な顔で驚いた。

「ちょ、今、こっち見ないでほしいっす!」
「は? なんで? 人が顔真っ赤にしてるのなんてレアじゃん。しかも、人気モデルの黄瀬涼太君とあらば、ファンに高く売れる。だから、こっち向け。写メ撮ってやんよ」

 ポケットに入れていた携帯を取り出してカメラを起動させる。

「ほらー、黄瀬君、目線こっちくださいよー」
「ほ、本当にやめてくださいっす!」

 真っ赤になってこちらをちらっと向いた瞬間にぱしゃりとカメラボタンを押す。それ驚いたのか目をぱちくりさせてから「け、消してほしいっす〜!」とわたしの携帯を奪おうとする。

「やめ、ちょっと押さないで! うわっ!」

 勢いよく押されてわたしは固いコンクリートの上に倒れ込んでしまう。

 ズキズキと痛む頭を押さえながら、目を開けるとそこには黄瀬の整った顔があった。
 これではわたしが黄瀬に押し倒されているようではないか。

「邪魔、どいて」
「嫌っす」

 嫌って貴方ね。この状況で誰かがここに来たら絶叫もんだよ。見知らぬ女子生徒が黄瀬涼太に押し倒されている。わたしに死亡フラグがびんびんに立つではないか。

「俺は渚っちの彼氏になってもいいっすよ。俺なら渚っちを泣かせない。辛い思いもさせない。だから、俺を見て?」

 耳まで真っ赤にしながらも真剣な目で言うもんだからわたしは黄瀬から視線をずらすことが出来なくなった。
 そして、静かに黄瀬はわたしを押し倒したまま抱きしめた。

 抱きしめられた瞬間に海で溺れた時に誰かに救ってもらったような感覚になった。

 悪くない、そう感じもした。
 目の前を黄色一面に染めながら、わたしは黄瀬を抱き返した。この温もりがどうしようもなく、愛しいと思った。





(貴方の唇で人工呼吸をしてよ)
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