戀〜それはイトシイトシトイフココロ
□甘いうさぎ
3ページ/16ページ
訪れた響の部屋は、思ったよりも広くて片付いていた。
そのことも意外だが、部屋に充満する甘い匂いはさらに意外である。
何も言わずとも、クンクンと小さく鼻を鳴らしてキョロキョロと視線を泳がせる様子は、萌黄の心中を響に伝えていた。
「ほら」
響が萌黄の目の前にヌッと手を差し出す。
驚いて身を引きかけた萌黄は、大きな掌に乗った小さくて丸い物体に目を奪われた。
それは、蒸した白饅頭だった。
前面に二つの赤い粒、上部に二か所切り込みが入ったうさぎ饅頭である。
「ぅわぁ…―」
萌黄の頭も掴めそうな大きな手の中で、ちょこんととぼけた表情が愛くるしい。
うさぎを凝視する萌黄の頬が紅潮し、パァーッと笑みが溢れた。
その可愛らしい笑顔を見下ろし、響は内心で胸を撫で下ろす。
萌黄の写真に一目で魅せられ、ブラコン蘇芳が自慢するところの【周囲に幸せが伝染するような笑顔】を、是非間近で見たいと願っていた。
苛めを受けて引きこもっていることを聞き、初対面では泣きだされ、笑顔を拝むことは難しいかと思いながらの最終手段がうさぎ饅頭である。
「可愛いっ! 宇佐美さん、これすごく可愛いですっ!」
まるで直接触ってはいけないと言うように、響の手を両手で包み、うさぎを見てキャッキャとはしゃぐ。
「そうか? 気に入ってくれてよかったわ。
萌黄が甘党やって聞いて作ったんや。食ってみて」
「…え…あ……」
響に勧められ、萌黄の表情が曇った。
「どないしたん?」と問われて、慌てて首を振る。
「いえ…えと…宇佐美さんが作ったって…ビックリして…。
それに、可愛いから食べるの可哀想だなって……」
「俺、創作和菓子の店持つんが夢やねん。
見るだけちゅうのも可哀想やろ。食ってみてや。結構自信作やで」