魔法短編

□何度でも
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「ん」
不機嫌そうな車掌のスタンが私に差し出したのはココアだった。
「あったかいもんでも飲めよ」
「ありがとう、ございます。……ああ、そうだ、お代を」
「いらねえよ。今日は俺のおごりだ」
鞄から財布を取り出そうと手を伸ばせば、それをぴしりと叩いてスタンは隣に座った。
お客さんは私のほかにはおらず、すぐに目的地に迎えるのだが、荒っぽいドライブを楽しんでいる。スタンは大きくため息をつくと私を横目でにらむ。
「なんでしょうか」
「何難しい顔してんだよ。俺にも教えろ」
「たいしたことではありません」
そういってカップに視線を落とせば、黒い水面に自分の顔が映る。なんて顔だ。まるで死んだよう。それも仕方ない。今とっても落ち込んでいる。元気に笑えという方が無理だ。
「たいしたことじゃなくてもいいんだよ。おめえさんのことを教えろっつってんだ」
「なんでおしえないといけないんです」
「俺はおめえさんが心配だからさ」
水面に息を吹きかけて、スタンはココアを口に含む。
「寒い夜はこれに限るよな」
カップを持っていない手で私の頭を撫でた彼は、少し無理をして明るい声を出しているようだ。
「どうかしたんですか?」
顔を覗き込めば、一気にココアを飲み干してむっと口を真一文字にしていた(多分ココアが熱いのを我慢していた)かとおもうと吐き出すように言う。
「おめえさんがこの世の終わりみてえな顔してんのが俺は楽しくねえ。面白くもねえ。せっかくおめえさんがバスに乗って、車掌席の近くにいて、俺とおめえさんしかここにはいねえってーのに。ああ、アーンは別だぜ?それなのに、おめえさん、何でそんな顔してやがる。俺のバスん中でんな顔されるなんて不愉快で仕方がねえ。ここには俺とおめえさん、それにアーン。おめえさんの敵はいねえんだぜ?」
「敵はいるんですよ」
「どこに」
「車掌さんの目の前」
「・・・はっはーん、わかった」
スタンはめんどくさそうに顔をゆがめた。
「またあれだろ、『自分の存在意義が分からねえ』、『自分なんて生きてる意味がねえ』とか、なんかそんなんだろ」
「ご名答です」
「ばか言ってんじゃねえよ」
スタンは自分のカップと私から奪い取ったカップを台に置くと、抱きしめてくれた。
「おめえさんが不安なときは俺が言ってやるって何度も言ってんじゃねえか!おれはおめえさんが好きだし、必要だし、大事だし、必要って!だから、そんなこというな、そんな顔すんな」
わしゃわしゃと乱暴に髪をなでる彼はきっと照れているんだろうけど、髪がぐしゃぐしゃになることなんて気にならないくらいうれしくて、こらえきれない涙があふれていく。
「おめえさんになにがあったか知らねえ。これからどうしないといけねえのかも知らねえ。でも、いつでも呼べ、会いに来い。いつだって何度だって言ってやる。嘘じゃねえ」
「ありがとう」
それだけ言うのが精いっぱいで、あとは毎度のごとく彼にしがみついて泣くだけ。お客さんが乗ってくるまで、私の目的地に着くまで。

「いいか、二度とわけわかんねえ死にそうなツラすんじゃねえぞ」
「うん。頑張ります」
「おう。じゃあな。アーン!バスだしな!!」

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